桜の面影3
小十郎さんがいきなり上田を訪問した日から、ひと月が経とうとしていたある日。
真田の旦那に呼ばれている俺様は、庭に面した廊下を進みながら、奥州の遅い春に想いを馳せる。
「………」
あの時、小十郎さん何を言ってたっけ?
意識を手放す瞬間の小十郎さんは、確かに何かを言っていた。
まどろむ意識だったためか、それとも小十郎さんの声が小さかったのか。
「あー…駄目、どうしても分かんないんだよなぁ…」
廊下で唸りながら頭を抱えていると、バタバタと、あの日と同じような足音が遠くから響いてきた。
「こら旦那っ、走ったら駄目だって何度も…」
「さっ、佐助ぇ…っ!!」
紅い姿の主は、涙を必死に耐えて、顔面を白くして、焦った声と共に現れた。
…あの日とは違いすぎる旦那。
それを見ただけで、暖かかった陽気は途端に寒気に変わってしまう。
「…どうしたの?」
「…っ、佐助ぇ…」
「どうしたの」
「…か、片倉、どの…が…」
気付いた時には、上田城から少し離れた丘の上に立ち尽くしていた。
いつの間に、とか。
どうやって、とか。
真田の旦那はどうしてるのか、とか。
気になる事は山ほどあるはずだった。
なのに、
「…どーでも、いいや」
ポツリと呟いた言葉は本音だった。
――どうでも、いい。
俺様の心の大半を占めるもの以外は、どうでも。
真田の旦那は、大粒の涙を堪えきれなくなって、泣きながら話した。
『…か、たくら、どのが、亡くなっ、た…っ、…たった今、奥州から、遣いの者が…来て…、…本日、明け方に、亡くなった…と、』
『………』
嘘だ。
真田の旦那は嘘を言ってる。
ほんのひと月前に会ったばかりなのに。
そう喚いて、旦那の胸倉でも掴みかかってやりたかった。
でも、それが出来ない。
身体が動かないのはもとより、真田の旦那は、そんな冗談は絶対に言わないことを知っているから。
『…事実、なんだね』
『……あぁ、』
旦那が力無く頷き、目を伏せる。
『死因、は…?』
『…病死、と聞いた。身体中を蝕まれ、手の施しようが無かった、とも…』
『…そう』
旦那は涙を流しながら、俺様の問いに答え続ける。
不気味なくらい頭は冷静で、気になることを旦那に問いかけた。
『…旦那、知ってたんだよね?ひと月前、あの人が来た時、病気だってこと…』
『………すまぬ』
旦那の絞り出すような声が痛々しい。
『…やっぱり』
身体中を蝕む程の病気なら、ひと月やそこらで発症して死に至るものではない。
恐らく、ひと月前には既に身体中ボロボロだったはずだ。
『……片倉殿に口止めされて……、すまぬ』
どうして旦那が謝るの。
そう言いたかったが、どうしてもその言葉が出せない。
ひと月前に旦那に教えてもらっていても、俺様にはどうすることも出来なかったのに。
『…少し、独りにして』
『っ佐助、今から奥州に行った方が…』
『…行きたくないんだ』
『だが、』
『お願い、旦那…』
『…分かった、それでは某が行ってくる』
『ありがと、旦那…お願いします』
奥州には、怖くて、行きたくない。
行けば、あの人の死をありありと感じてしまう。
今はそう言って、その場を立ち去ることで精一杯だった。
それから、一体どれほどの時間が経ったのか。
丘の上で地面に腰を下ろして、城下を見下ろしていた。
小十郎さん、あなたが死んだなんて、嘘みたいに風は穏やかで。
「…ふ、…う、っく」
旦那の前では一滴も流れなかった涙が、今になってようやく溢れ始めた。
嗚咽もせきを切ったかのように漏れだして。涙も嗚咽も止まることなく溢れ続ける。
「小十郎、さん…」
愛しい人の名前を呼んで、年甲斐もなく泣き続けた。
『…たくないなぁ、佐助…』
その時、思い出した。
ひと月前の行為で意識を手放す瞬間、小十郎さんが紡いだ言葉。
何故、今思い出したのか。
その理由は分からないが、はっきりと、今なら思い出せる。
小十郎さんが何を言っていたかを。
『…死にたくないなぁ、佐助…。お前を…置いて逝きたくない、佐助…』
――ああ、なんて嬉しい言葉。
惚れた相手にそんな言葉を貰えるなんて。
俺様はなんて幸せだったんだろう。
涙もとうに枯れ果てて、嗚咽だけを漏らしていると、一枚の薄桃色の花弁がはらりと眼前に舞い落ちた。
「もう、春だったんだ…」
薄桃色の花弁は桜のものだった。
…いつだったか。
桜は俺様によく似合うと、そう言ってあの人は優しく笑った。
でも、俺様思うんだ。
桜とあなたはよく似てる。
だから、桜が似合う俺様には、桜と似てるあなたがとてもよく似合うって。
自惚れだって他人は笑うかもしれない。
でも、
それでも。
「…小十郎さん」
たとえ誰もが笑おうとも、俺様は一生胸を張って言える。
小十郎さんには俺様しか似合わないんだ。
「…だから、待ってて」
もういなくなってしまった人に向けた言葉は、すっかり暖かくなった春風にさらわれて消える。
見上げた空には、薄桃色の桜の花弁が舞っていた。
「…たとえこの世の誰もがあなたを忘れようとも、俺様だけは覚えてるから」
風に舞う桜に、あなたの面影を重ねて発した言葉は、まるで宣言するかのようで。
先ほどまで泣いていた事さえ忘れて、気付かぬうちに笑みがこぼれた。
end.
2011.03.10 柑奈
あとがき
4600hitを踏んで下さった紫羅さまのリクエストでした!
『卒業シーズンなので、別れで裏小十佐』
を頑張ってみました。
別れが死ネタになりましたが、最後の桜のシーンが楽しかったです。
裏は何だか残念なことに…。
すみません…(泣
戦死だと一般的かなと思ったので病死で。
最期に佐助に会いたくて、無理して上田まで来ちゃって。
幸村にだけ病気だと告げて、佐助の部屋付近の人払いを頼んだり。
最期に今まで言えなかったことばかり言ってみたり。
小十郎は病気で動くことが辛いので佐助に頑張ってもらって…。
…はい、詰め込みすぎました!
でも、楽しかったです。
転生もので続きとか書けたらなー…と。
紫羅さまリクエストありがとうございました!非常に長くなってしまいましたが、宜しければお持ち帰り下さい!
柑奈
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