忍、失格。【相互記念:神威さまへ】
さく、さく、と小気味良い音をたてながら、純白の雪を踏みしめる。
雪によって辺りは静寂が支配しており、雪を踏む微かな音さえも大きく感じる。
「さむ…」
かじかんだ手に息をかけても、刺すような寒さの前には何の意味も無い。
はぁっ、と吐き出した己の息は一瞬だけ白く広がり、次の瞬間には跡形も無くなってしまう。
「どんだけ寒いんだってーの、ったく…」
寒さに対する小声も、もう何回漏らしたかも分からないほど。
上田も寒い寒いと思っていたのに、奥州のこの寒さは上田とは比べものにはならないではないか。
…なんで俺様がこんな寒い思いをしているかというと。
それもこれも、全て真田の旦那のわがままのせいだった。
数日前、奥州の独眼竜から真田の旦那に会談を申し込む書状が届けられた。
独眼竜の都合により、今回の会談は奥州にて行うことになったのだが、
「某は寒いのが嫌いだ!だから、佐助、お主に代役を頼みたい!」
と熱血主がだだをこねたのだ。
一国の主の代役に、ただの忍びを寄越すなんて、問題に違いないのに…。
真田の旦那は「絶対行かん!」の一点張り。
「俺様…教育、間違えたかな…」
と、今更過去の行いを悔いてみたところで、寒さが消えるわけもなく。
とりあえず、さっさと終わらせてさっさと帰るのが一番だと、進む足を早めたのだった。
――半刻ほどたっただろうか。
更に深くなった雪の向こうに、雪に埋もれる城が見えた。
「やっとついた」
ほ、と思わず安堵の息をつく。
…ほんの少し、いつもより気を抜いたのがいけなかった。
―――ズ…
と低い音に顔を上げれば、純白の塊が目前に迫っているところで、声をあげる間もないまま、その塊は俺を飲み込んだ。
ようやく目的としていた場所に着いたころにはすっかり日も落ちていた。
暗闇に浮かぶ城をチラリと見やると、音もたてずに城内に滑り込む。
「さ、寒…」
昼の奥州も相当な寒さだったが、日が落ちてしまえばその寒さも殊更に拍車がかかったようだ。
早く伊達の旦那に会って、一刻も早く帰りたい。その思いだけが今、俺様の体を動かしている。
城の内部に入ろうと、適当な入り口を探していると、
「オイ」
と、明らかに自身に向けられている声に、肩を大袈裟に揺らしてしまった。
そろりと顔だけを動かして見れば、そこには独眼竜の右目。片倉小十郎が眉根を寄せて立っていた。
「なんだ、小十郎さんか…」
「なんだ、は無いだろう。それよりも、随分遅かったな」
「んー、まぁ、色々とね」
「色々…?」
腕まで組んで、小十郎さんは俺の頭の天辺から足の先まで睨むように見る。
その視線がなんだか気まずく感じて、口を開いた。
「とりあえず、伊達の旦那に合わせてもらえる?」
そう言いながら小十郎さんに近付くと、小十郎さんは口を開きかけたが、ぎょっとしたように目を開いて固まった。
「お前っ、びしょ濡れじゃないか、早く来いっ」
俺が返答するよりも早く、というか、聞いてもらえなかったけど。
小十郎さんに腕を引っ張られ、あっという間に風呂に放り込まれてしまった。
「な、何なの一体…!?」
服を小十郎さんに全て脱がされたため、裸で小十郎さんに詰め寄れば、本人はいつもの顔で言ってのける。
「風邪ひくだろ、早く風呂に入れ」
「…俺様、早く伊達の旦那に会って帰りたいんですけど」
「びしょ濡れのヤツを政宗様の部屋に通せるか」
「…まぁ、そりゃそうだけどさ」
要するに、風呂に入って温まって。びしょ濡れじゃない状態にしないと、伊達の旦那には会えないってことらしい。
頑固だからなぁ、小十郎さん。
そう思った俺は溜め息を一つ吐いて、諦めて風呂への戸を引いたのだった。
冷たすぎる外気も、風呂上がりの火照った身体には心地良かった。
『自分の部屋にいるから、風呂から出たら声かけろ』
と言われた通りに、頑固なあの人の居室へと向かう。
「…小十郎さん?」
薄く灯りが漏れる部屋の前で声をかけると、返事が来る変わりに障子戸が開く。
「お風呂、ありがとうございました。早速なんだけど、伊達の旦那に…」
「政宗様なら、もうお休みになられたぞ」
「え、」
その言葉に思わず目を瞬いたが、空に輝く月を見上げて納得した。
時間にすれば、おおよそ夜10時くらい。
「もうこんな時間だったんだ…」
慣れない豪雪に思いのほか手間取ったらしい。
上田はそこまで雪、多くないし…。
「じゃあ、また明日の朝に出直しかぁ…」
息を吐くと、小十郎さんが障子戸を少し開けたことに気が付いた。
「?」
「身体が冷えるだろ、早く部屋に入れ。こんな時間から他の部屋は用意できないからな」
「え、いや、そこまで迷惑はかけられないって!!俺様、野宿で十分だし!」
「…凍死したいなら、するといいが?」
「とっ!?」
「…奥州の冬の朝の冷えをなめんじゃねえぞ」
「う…あの、お、お世話になり、ます…」
そうして、小十郎さんが開けた障子戸の隙間から、小十郎さんの部屋へと滑り込んだのだった。
蝋燭がほの明るく照らす部屋は、とても暖かく感じられた。
その蝋燭の近くの机には、書状らしい紙が数枚見受けられる。
「あれ、お仕事中?」
「いや、お前が風呂に入ってる間に終わったから、あとは寝るだけなんだが…」
チラリと、小十郎さんの視線は几帳面にひかれた一組の布団に向けられた。
「…布団が一組しか無い」
すごく深刻な顔だから何かと思ったら。
「なんだそんな事。いいじゃないの、一緒に寝れば。恋仲なんだし、ね?」
そう言って笑ってから、寒さに耐えられなくなった俺様が先に布団に潜り込む。
と、小十郎さんはヤレヤレといった感じで溜め息を一つ吐いて、おとなしく布団に入ってきたのだった。
「く、くく…っ」
それが何だか可笑しくて、自然に零れた笑いに身を任せていると、背後から小十郎さんの不機嫌そうな声がする。
「なに笑ってんだ、こら」
「んーん、小十郎さんってば可愛いなー、って思って」
「…何言ってんだ」
自分の後ろで、しかめっ面でもしてるんだろうと思うと更に可笑しくて、止まらない笑いを続けていると、肩を掴まれて強引に向かい合う姿勢に変えられた。
小十郎さんの顔を見れば、やはり不機嫌そうなしかめっ面をしていて。
頬が思わず緩む…
「わぶっ」
…それより前に、小十郎さんは俺の頭を自分の胸板に押し付けた。
「ふぁ…な、何、すんの…」
「黙ってろ」
「うー…」
言われた通りにしばらく黙っていると、湯冷めして冷えた身体が温まり、眠気が少しずつ意識を霞ませていく。
ぎゅ、と小十郎さんを抱きしめてすり寄ると、小十郎さんも俺様を抱きしめる。
それがとても暖かくて、嬉しくて。
「小十郎、さん…」
先程までと比べて眠気が更に増して、今にも意識を手放してしまいそう。
でも、愛しい人の声を無性に聞きたくなって、名前を呼んだ。
「なんだ?」
「…俺様、寝てる間に…変なこと、しないで、ね…?」
「…馬鹿言ってんじゃねぇよ」
まどろみの中での、愛しい人との会話がこんなに気持ち良いなんて。
旦那がだだをこねて、
寒さが厳しくて、
大雪で死にそうな思いをして、
ほとほとウンザリしたけど。
好きな人に会えて一緒に眠れれば、苦労した事なんて何でもないと思えてしまう。
おかしいなぁ。
忍なんて、こんな感情持つ必要ないのに。
持つつもりも無かったのに。
俺様って、忍失格。
でも、いいか別に。…暖かいし。
ひとしきり考えたい事だけ考え、意識を手放す刹那。
「おやすみ、佐助…」
愛しい人がそう言って笑った気がした。
end.
あとがき
相互記念、神威さまからのリクエスト「冬に関する話」でした。
リクエストいただいてからかなり時間が経ってしまい…本当にお待たせいたしました!!
冬=寒い=抱き合って寝るしかない!
という短絡的思考により出来上がった小説だったんですが、
また柑奈の悪い癖により、ずるずると意味の分からない長い小説になってしまいました…。
こんな小説ですが、受け取っていただければ幸いです。
2011.02.03 柑奈
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