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無自覚な恋3


「っ、く…!」

馬が駆ける振動は、大怪我を負った身体にかなりの激痛をもたらした。
馬が地面を蹴るたび、自分では抑えられない声が出たのも、数回ではない回数に達している。

俺は伊達軍の参謀が調達した馬に乗って、上田へと向かっていた。
もちろん、全身に負った怪我のせいで、一人で馬に乗るどころか、馬を駆けさせる人の背にしがみつく事すらできない。
そのため必然的に俺は、伊達軍の参謀が手綱を取る腕の間に収まることを余儀無くされた。

「もう少しの辛抱だからな」

この男の優しげな言葉も、もう何度聞いたのだろうか。
律儀に、そう何度も声をかける必要もないのに。
本当に理解できない男だ。

だけど。
何故だか、口から苦悶の声を漏らす度にかけられる声が心地良くて。
自然と近かった、男の心臓の鼓動で心底安堵して。
たまにはこんな大怪我をするのも悪くない、と少しだけそう思った。








肩を掴む掌の暖かさと、揺さぶられる感覚に気付いて目を開けた。

目の前には眉を僅かに寄せて、こちらを伺う伊達軍の参謀。

「起きたか?」

いつのまに意識を手放したのだろう。
身体中の痛みで意識が無くなったのか。もしくは、この男の心地良い声で眠気を誘われたのか。
どちらかは分からないが、まどろみで聞く声も心地良いから、どちらでも良いか。

「…ん、なぁに?」

目覚めたばかりで、普段より回らない呂律で問いかける。
すると男は、俺の身体を持ち上げて、ある一点を指差した。

「上田に着いた。上田城はあれでいいのか?」

確かに、慣れ親しんだ光景が目の前に広がっている。
今が丁度桜の時期であるため、薄桃色の花がみごとに上田城を彩っていた。

「…うん、あれだよ」

その言葉を聞いて、この男はもうすぐだから辛抱しろよ、とまた声を掛けて、馬を上田城に向けて歩かせる。

上田に帰ってこられた事実と、男の言葉に嬉しさが込み上げる。
が、胸の奥で揺らめいた、この気持ち悪い感覚は何なんだろう。
伊達軍の参謀に気付かれないように、己の唇を噛み締めた。









男が馬の歩みを止めたのは、上田城の裏手の目立たない場所だった。

「悪いな、本当は城門まで送りたいんだが…」

そう言ってから、バツの悪そうな顔で黙り込んでしまった。
が、その続きは言わなくても分かる。
少し前まで敵として戦っていた相手なのだから、下手に姿でも見せれば、それだけで城内は騒然となるだろう。
それが更に、自軍の忍を連れてきたとすれば、余計に混乱を引き起こしかねない。

「気にしないでいいってば。こんな所まで連れてきてくれたし、ホント助かりました」

そう言って、笑顔を向ける。
いつもなら貼り付けた笑顔を向けたはずだったが、
今回は何故か、本心の笑顔が出たのが分かった。

「…そうか」

その男は、安堵の溜め息を吐いて、微笑を俺にと向けた。

「…っ、!」

途端、どくりと心臓が脈を打つ。
出来るだけ自然に見えるように顔を背け、取ってつけた言葉を紡ぐ。

「っ、ほ、ほら。俺様はもう大丈夫だから、奥州に帰ったら?」

「…ああ、そうさせてもらうか」

自分が言ったことで返ってきた返答に胸が痛んだ。

…変な俺様。
こんなのいつもと違う。



出来るだけ振動が無いように、男は俺を馬から降ろす。
そして、近くの木の根元に寄りかからせてくれた。
そして、馬に乗って立ち去ると思っていたが、男は立ち上がらず、片膝をついてこちらを見ている。

「…?なに、どうしっ」

そう問い掛けようとした刹那、口を塞がれて言葉が続けられなくなった。
瞬きを数回してから、目の前にぼやけて見える顔は、伊達軍参謀の男だと気付く。

「ふ…っ、んぅ」

自分の唇に触れているのが、男の唇だとようやく理解した頃に、相手がゆっくりと離れた。

それから数秒間、二人で無言で見つめ合っていると、

「…悪かった」

と、伊達軍参謀の男が謝ったかと思うと、急くように俺様に背を向けて立ち去ろうとする。
が、その男が一歩踏み出すよりも早く、自分の唇が動いた。

「ちょ、待って!」

「…何だ」

男は足を止めたが、顔をこちらにも向けずにぶっきらぼうに答える。

「いや、あの…」

何でこの男を呼び止めたのか、自分でも分からなかった。
しどろもどろな返答を繰り返すと、男は『用がないなら、もう行く』と、再び立ち去ろうとした。

「あっ…」

何か、何か言わないと。

何故だか分からないけど。

今を逃したら、絶対に後悔する気がして。

「なっ、名前!教えてよ…!」

咄嗟にそんな言葉が口から出たのだった。



それを聞いてか、数歩進んだ所で伊達軍の参謀の足がピタリと止まる。
ただし、やはりこちらを見ようとはしない。
その状態のまま、沈黙が二人を包んだ。



…少し前まで敵だった相手に名前を教えるなんて、そんな馬鹿な真似。
伊達軍の参謀ともあろう男がするはずないよね。
何してんだよ、俺様…。



あまりに長すぎる沈黙に、当たり前の事を一通り考えて、謝ろうと口を開いた。

「…片倉、小十郎」

「、え」

謝る言葉を考えていた頭に、いきなり届いた単語に、一瞬思考が停止して。
少しの間を置いてから、ようやくそれが伊達軍の参謀であるこの男の名前だと理解した。

「お前は?」

「…え?」

「お前の名前」

そう促されてやっと、自分が名乗っていないことに気が付いた。
他人の名前を聞くなら、自分から名乗るべきだった。と自責の念に駆られながら、『猿飛佐助』と、己の名前を告げた。

それを聞いて、片倉さんは

「そうか」

と、一言俺に言い、馬に向かって歩き出す。
そのまま馬に跨り、片倉さんが手綱を握った時。

「…猿飛、またな」

と小さな声で呟くように言い、馬を駆けさせて、あっという間に視界から消えていった。



馬を翻す時にちらりと見えた片倉さんの顔が、やけに朱く見えたのは、気のせいだろうか。

胸の奥で感じた気持ち悪さは、いつの間にか消えていた。
















それが、互いの主が互いを好敵手と認める、ほんの少し前の出来事。



end

→あとがき&おまけ

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