無自覚な恋2
目の前の男に半ば抱きかかえられるように上半身を起こされて、身体中が軋むような激しい痛みに顔を歪める。
「…酷ぇ怪我、だな…痛むか?」
と、伊達軍の参謀であるその男は心配の色を含んだ声で、敵である俺に問い掛けた。
「…っ、あんたには、関係ない、よ」
冷たく言って手で振り払おうとしたが、痛む身体のせいで右腕を少し持ち上げるだけで精一杯だった。
なので体勢はそのままにして、目の前の男を睨みつける。
「無理すんな、そんな身体で」
しかし、その睨みは無視されて再びかけられた言葉。
ほんの少し前まで刃を交えていた敵だというのに、どうしてこんな言葉がかけられるのか。
俺にはさっぱり理解できなかった。
ザーザーと音を立てる雨は、止む気配すらない。
それよりも、先程より幾分か雨脚は強くなっている。
そのせいか、伊達軍の参謀である男は
『雨宿りだ』
なんだの言って、俺を木にもたれるように座らせ、その横に腰を降ろしていた。
あんなにずぶ濡れだったくせに、今更雨宿りも何もないのに。
それに俺様だって、さっきまで敵として戦っていた男と、何をのん気に腰を並べて座っているのか。
「…意味、分かんない」
「何がだ?」
「え?い、いや別にって、い、痛てててっ、つぅぅ…」
雨の音で聞こえないだろうと思って、呟いた独り言。それに返ってきた言葉に、柄にもなく慌てふためき、身体に走った激痛に悶絶する。
「わ、悪い。俺が急に話しかけたから…」
「…いや、いいって、別に。俺様が、勝手にビックリして、勝手に痛がっただけだから」
悶絶している自分に心配する言葉をかけて、謝罪までする律儀な男に怒るなんて、誰が出来るだろうか。
なんだか調子狂うなぁ…。
「あの、さ。あんたはこんな所で何してんの?」
「…?雨宿りだが」
調子が悪いのを自分に誤魔化すように、そう尋ねた。
が、あまりに的を外れたその答えに、一瞬呆気に取られてしまった。
「っじゃなくて!こんな人気のない所で何してたかってこと」
改めてそう聞くと、その男は溜め息を一つ。
「…主がな、この先の小屋で監禁されてたんだ」
主?伊達軍参謀である人の主ってことは…。
「伊達政宗が…?」
そういえば、確かに戦場で伊達政宗の姿は無かったように思う。
噂では、大将であるにも関わらず、先陣を切って戦場を駆けていく、真田の旦那に似たような人物だったはずだ。
噂通りの人物なら、戦場に居るだけで目にする機会も少なくないだろう。
それなのに、一度も目にしないどころか、気配すら感じなかった。
「…もしかして、今回上杉領に攻め入った理由って…」
ああ、と低い声でうなだれる姿が目に入る。
その表情は、とても悲しそうに何かを悔やんでいるように見えて、何故だか自分の胸が鈍く痛んだ。
「俺のせいだ…。俺が油断したせいで、あの御方に手傷を負わせ、挙げ句、織田軍に拉致させてしまった…」
「やっぱり、織田、か…」
今までそんな動きを全く見せなかった伊達軍が上杉領に攻め入るなんて、やはりおかしいと思った。
伊達軍の背後に、あの織田軍がいるならば、今回の侵攻も納得がいく。
「ああ。織田から、『主を返してほしくば上杉を攻めよ』と言われて、な」
「…そっか。で、伊達政宗はどうしたの?」
先程、この伊達軍参謀はこう言った。伊達政宗は、『監禁されていた』と。
助けているなら、この男が1人でここにいる理由が分からない。
「政宗様は助けたが、酷い怪我だった。すぐにでも奥州に連れ帰りたかったが、俺の馬は戦で無くしてしまってな。だから、部下に政宗様だけ連れて、先に奥州に帰らせたんだ」
「…そっか、その途中で、俺様を見つけちゃったわけだ。敵だったんだし、あんたが苦手な忍なんだから、構う必要なんて無い。俺なんか…放っていけばいいのに」
この男の言動から、伊達政宗はよほど大切にされている事実は痛いほど伝わった。
自分も主に仕える身なのだから、その気持ちは良く分かるし、真田の旦那が同じ目に遭えば、きっと伊達軍と同じようにしただろう。
だが、何故だろう。
この男に心底想われている伊達政宗に、苛立ちのような気持ちが確かに滲んだ。
思わず、口をついて出た自虐めいた言葉を吐いたあとに、雨がほとんど上がりかけていることに気付く。
「ほら、雨も止むみたいだし、雨宿りはもう必要ないでしょ?」
そう言い放っても、隣に座る男は動こうとする気配も無い。
「…何してんのさ、早く主の所に帰りなって!」
「…お前はどうする」
いくら冷たく言っても、強く言っても微動だにせず、動揺もしないこの男に、次第に苛立ちが募る。
「少し休んでから、狼煙でも口笛でもして仲間を呼ぶからいいよ。運が良ければ見つけてくれるから。だからさっさと…!」
「ついでだ、送ってやる」
「………、…は?」
人の話というものを聞かないのか、この男は。
「武田の忍だから、甲斐の国でいいのか?」
「いや…正確には俺様、真田の忍だから。信濃の国の上田が本拠地」
「そうなのか」
「うん、そう…」
…っ、じゃなくて!
ついつい流されて本拠地までベラベラ喋っちゃった…。
敵にこんなこと話すなんて…っ!
なんなの、もう…。
自己嫌悪を繰り返す俺に気付いているのかいないのか。
隣に腰を下ろしていた男は、雨が完全に止んだのを確認して、立ち上がった。
そして、俺様の眼前に差し出されたのは、大きくて頑丈そうな男の掌。
「……っ、はぁ…」
本当に意味が分からない。
真剣な眼差しで手を伸ばすこの男も、
左肩の痛みを我慢しながらその手を取った俺様も。
馬鹿みたい。
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