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無自覚な恋1



飛び交う鮮血は止むことをしらず。
どこからともなく上がった炎は、草木や建物だけでなく、散った命すらも飲み込んだ。
鼻につくのは、硝煙の香りと、人肉がくすぶり続ける不快な臭い。
倒れる人々は、何かを求めるかのように手を伸ばし、絶命していく。
人が、人の形を成していない者も多数。

例えるなら、地獄。
いや、ここは地獄そのもの。
そうでも思わないと、狂ってしまいそうだった。





「旦那っ、死ぬなよ!」

「無論!佐助も死ぬようなことがあれば某が許さぬ!」

朱の二槍を持ち、戦場を駆けて行く主に声をかける。
主である真田幸村も、一介の忍にかける言葉とは到底思えぬ言葉を叫んで、戦場の群集に紛れて見えなくなった。

戦の相手は奥州の伊達軍。
今まで目立った動きすら無かった伊達軍が、上杉軍領地に軍勢を進めた。
宿敵の絶対絶命をお館様が見過ごせるはずもなく、武田軍は上杉軍の救援にと馳せ参じたのだ。

「ちっ」

自分目掛けて飛んできた弓を弾き、その弓を放った弓兵の喉元を切り裂く。

「旦那っ、死ぬんじゃねぇぞ…」

ぼそりと、主には決して届かない言葉を再度口にした。














伊達軍は驚く程強かった。
派手な成りをしている兵ばかりだが、腕は確かな者ばかり。
少しでも気を抜いたら、殺られる。

早く、指揮官を見つけなければ。

伊達軍のこの強さは、その個人の力だけではない。
策が上手いのだ。
だから、ここまで苦戦を強いられる。
これを指揮している人物を倒さない限り、勝利は程遠い。

「どこにいるっ…」

戦場を駆けながら、目を凝らす。
指揮官さえ倒せば、この地獄が終わるんだから。



「ーー第二隊は前へっ…!」

「ーー鉄砲隊は敵軍背後を目指せっ!」

怒号や叫びが飛び交う戦場の中で、命令を下しているであろう声が耳に届いてきた。
声の主を探すと、伊達軍の先陣で指示を出している男の姿が目に飛び込んでくる。
後ろに撫でつけた黒髪に、強面の左頬に古い切り傷が目立つ人物。

「アイツが参謀か…」

気付かれないように背後に素早く回り込み、巨大手裏剣を振り上げた。
そのまま、ソイツの茶色の陣羽織に刃を振り下ろす。

刹那、高く響いた金属のぶつかり合う音。

至近距離からの奇襲に、仕留めそこなうはずは無い。
が、その男は茶色の陣羽織を翻し、凄まじい速さで刀を抜き、俺の手裏剣の刃を受け止めていた。

「なっ」

「武田の忍か」

そう言った男は、手裏剣を押し返し、距離を取りながらこちらを睨む。

「おー、怖。…あんたが伊達の参謀?あんたがいる限り、この戦が終わらないんでね」

「だから、奇襲か?だから忍は苦手なんだ」

男が発した『忍は苦手』、その言葉にやけに苛立った自分に驚いた。

「…あんたが忍を嫌いだろうと構わない。だから、早く消えて?」

自分の中の感情を一蹴するようにそう言って手裏剣を構えると、その男は「上等だ」と言ってニヤリと笑いながら刀の切っ先を俺に向けた。










伊達軍の参謀である男と、幾度となく刃を交えた時。
遠くから太鼓の音が響いた。

戦が終わった合図だ。
どちらかの大将が討たれたのか。もしくはどちらかの軍が退却でもするのだろうか。
俺にはそれを知る術はない。
どちらにせよ、戦が、この地獄が終わった。

ならば。
ちらりと男の方を見て、十分間合いから外れる位置まで距離を取る。
無論、今の太鼓の音はこの男にも伝わっただろう。
男は、刀を腰の鞘に納めて舌打ちを一つ。

「はは、残念。あんた結構強いから楽しかったのに」

「何言ってやがる。最初に一太刀くれてやっただろうが。もう忘れたのか?」

そう言われ、左肩の刀傷がずくりと痛む。
最初に刃を合わせた時、男の太刀筋があまりに綺麗で。その事に目を奪われた次の瞬間、左肩に走った激痛に顔を歪めた事を思い出した。

何してんだかホント。馬鹿だな、俺。

「はっ、手加減してあげたんでしょ?」

敵に自分の失態を晒すつもりもないから、そう茶化して肩をすくめる。

「…テメェ。………まぁいい。肩を庇いながら、ここまで戦える奴はそういないからな」

「あれ、誉めてんのソレ?」

「…」

『苦手』って、自分で言った癖に。
よく分かんないヤツ。

「ま、いいや。じゃーね、伊達軍の参謀さん」

「…」

無言のまま睨み続けるその男に背を向けて、地面を蹴った。






あの男から離れて僅か後。
轟く雷鳴と閃光が走り、大粒の雨雫が落ちてきた。

「っ、最悪…。旦那、どこにいんのさっ」

戦場に駆けていったきり、姿が見えなくなった主を探す身としては、なんて邪魔な雨だろうか。
次第に激しさを増す雨脚に、辺りは霞がかり、視界はかなり悪い。

「…っ」

ずくりと、また左肩が痛む。
怪我は、致命傷ではない。しかし、この激しい雨に身体の熱が奪われでもしたら、一気に体力をも奪われて、下手したら動けなくなる。

「早くしないと、ね」

自身に言い聞かせるように呟いてから、移動の速度を上げる。その時、再び肩に走った鈍い痛み。
その傷を付けた男の顔が一瞬脳裏をよぎったが、一刻も早く主を見つけなければ。と、必死で無視を決め込んで。
足場の木の枝を蹴る力を強めた。

瞬間。

世界が回転してぐにゃりと歪んだ。


















「…う」

重い瞼を持ち上げた瞬間、激しい痛みに意識がいっきに覚醒する。

「っ、うぁ…」

不覚にも口から零れた呻きは、降り続く激しい雨によってかき消された。

痛んだのは左足首に右脇腹、オマケに右腕。
…そうそう、左肩もだっけ。

うつ伏せに倒れたまま、怪我の位置を確認する。
城の天守に届きそうな木の上からまともに落ちたにしては、軽傷だろう。
とは言え、木の上から落ちたにしては軽傷なだけであって、怪我の量からしたら重傷であることに違いない。

「っはぁ、最、悪…っ」

痛みに耐えながら軋む身体を引きずって、やっとの思いで、落ちた木の根元に背中を預けた。

あー、もう。最悪だ。
こんなに体力が消耗してたなんて。
この俺様が計り違えるなんて。
あげく、木から落ちるなんて、真田忍隊長の名が泣くよ…。

足が使えないなら、ろくに移動もできないだろうし、この雨じゃ救援の狼煙も、口笛だってかき消されるだろう。

「最悪…」

もう何度この単語を口にしたんだろうか。

だが、せめてもの救いは、ここには全く人気が無く、敵襲にあう心配だけは無いということだった。

様々な事を考えてから、顔を上げると、視界にモヤがかかっていることに気付く。

「…あれ、霧が、出てきたかな…。ホント、最、悪…」

だが、それは霧などではなく。
己の目が霞んでいるということに気付く前に、意識を手放した。
















「…い」

「…おい」

「おい!武田の忍び!」

急浮上する意識に、瞼を持ち上げた。

「…。な、んで、あんたが、いる、のさ…」

目の前で必死な顔で、俺に声をかけていた人物に、途切れ途切れに問いかける。
自分と同じで、先ほどの雨に打たれたのか、びしょ濡れで。
撫でつけた黒髪は、濡れて落ちたのか、一房の髪が額に張り付いている。
そして何より目立つ、左頬の傷。

ほんの一刻前だろうか。
戦場で刃を交えた、あの男がそこにいた。







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