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古傷
※佐助目線




…雨が、降っていた。



しとしとと音を立て、雨は明け方から降り続いていて。
開け放った窓から空を見上げれば、曇天から落ちる雨粒は次第に強まっているように感じる。


「――っ、」


ふいに、空を見上げる己の背後から息を詰めるような気配がした。
振り返ると、竜の右目こと片倉小十郎が先程と変わらずに机に向かっている。
だが、執務をしていた手を止め、さらに筆までも置いていた。
筆を握っていない左手は、己の左頬をなぞっている。


「小十郎さん?」

「傷が痛むんだ」

「それ、古傷じゃないの?」

「雨が降ると、痛むんだ」


そう言った小十郎さんの視線。
俺様を通り越して、窓の外で降り続けている雨を恨めしそうに睨みつけた。


「雨の時にはいつも痛むの?」

「いいや、1日2日くらいなら痛みはしないんだが…」

「梅雨、だもんね」


そう、今は梅雨。
かれこれ5日くらいは、お天道様を拝んでいないのではないだろうか。


「…今すぐ止んでくれねぇもんか」


小十郎さんは古傷を指先でつつきながら、到底無理な願いを零している。
湿気をたっぷり含んだ、ジメジメとした空気。
この梅雨独特の空気は、まだしばらく雨が続くであろうことを、俺様に確信させた。


「はぁ…」

「………」


強面な顔に似合わず、雨のことだけで本気で落ち込み始めた竜の右目。
そんな人に『雨はしばらく止まない』なんて言えるはずがなく。
俺様は雨空を一瞥して、窓枠に体重をかけて立ち上がった。


「ねぇ、小十郎さん」

「あ?」


返事をした小十郎さんがこちらに振り向いた。
その時には、俺様は小十郎さんの眼前まで近付いていて。
膝を小さく鳴らしながらしゃがみこんだ。
きょとんとした表情で小十郎さんはそれを見ていたが、俺様が顔を近付けると僅かに後ずさる素振りを見せる。
それより早く。
俺様は小十郎さんの左頬―――。
左頬の古傷にへと手を伸ばした。


「…さす、け?」


どもりながら名を呼ばれた。
いきなりの行動に少々混乱でもしているのか。
だが、俺様はそれに返答することもせずに、ただ古傷に指を這わせ続けた。

――左目のすぐ下から、顎の下側まで伸びた傷痕。

傷と肌の境目を、下から上へと人差し指の腹でゆっくりと。
ひきつれた肌の感触を、しっかりと感じながら撫であげた。


「いつの傷なの?」

「…随分昔の傷だ。あの頃は未熟だった」


小十郎さんははぐらかして、そう言っただけだった。


「ふーん」


気のないフリをしながら返答して、小十郎さんの表情を観察する。
覗き込んだままの小十郎さんの瞳が、僅かに後悔に似た色を帯びた。
…それを見て理解した。
ああ、伊達の旦那に関係があるのだろう、と。


「どんな風に痛むの?」

「…傷全体がひきつれるように痛む」


何故だか、酷く不快な気分に支配された気がした。


「へえ…、乾燥でもしてるんじゃないの?」

「梅雨時に乾燥もなにも…」


あり得もしない痛みの理由を言いながら、返答している最中の小十郎さんの古傷に、軽く爪を立ててみる。
それの力を少し強めて、下に引っ掻いた。


「――い、っ!」

「ああ、ごめんね。痛かった?」

「あったり前じゃねぇか、古傷開く気か!」


――それもいいかもしれない。


口から出掛かった言葉を、俺様は慌てて飲み込んだ。
そして、爪を立てたままの小十郎さんの古傷。
そこに誘われるように顔を寄せて、唇で触れた。
そのまま舌を出して、舌先で軽く舐めてみる。


「っ、!」


小十郎さんが肩を震わせたのが振動で伝わってきた。
それに気付いていたが、気付かないフリをして。
先程よりも舌を伸ばして、先程よりも広範囲を舐めてみる。
舌で触れた傷は、ざらざらとしていた。
やはりひきつれていて、普通の肌のような滑らかさは無い。


「佐助、」

「ふ…、なあに?」


舌を傷に這わせたまま答える。
しかし俺様が答えても、小十郎さんはそれきり何も言わないから、構わずに傷をゆっくりと舐め続けた。


――上から下に。

――肌と傷の境目に沿って。

――丁寧に、ゆっくりと。


そして、顎の下側まできっちりと舐め終えてから、舌を離した。
膝立ちのまま小十郎さんを見下ろす。
丁寧に舌を這わした小十郎さんの左頬の傷痕。
唾液に塗れた古傷はツヤツヤと光を反射して輝いていた。

小十郎さんはソレを拭うこともせず、僅かに頬を朱に染めて怪訝な表情を浮かべるばかり。

それに誘われるかのように、もう一度だけ傷痕に唇を寄せて、わざと音を立てて口付けた。


「ね、もう痛くないでしょ?」

「佐助、お前…?」


不思議な表情を浮かべる小十郎さん。
口角を上げて笑みを見せてから、立ち上がって開け放たれた窓に近寄った。
見上げた雨空は、尚も変わらず雨粒を落とし続けている。


「佐助」


背後から小十郎さんに呼ばれた。
だが、返事はせずに一度だけ振り向いて、再び梅雨空に目を戻す。
雨脚はいくらか強くなったようだ。




――ねえ、小十郎さん。
あなたの気をひいた、この梅雨の雨と、見たこともない幼き日の竜の旦那に、俺様が嫉妬したと知ったら…。
…あなたは果たしてどんな顔をするのかな?




知らずに上がっていた口角に気付かないまま、


「ふふ」


と、僅かに声を漏らして笑う。
背後でまた、小十郎さんが訝しんでいる気配が伝わってきた。
が、それには構わずに、未だに拭われていない古傷を目を閉じて想像すると。



――それは、酷く俺様を満足させた。





end.


あとがき


山なし、落ちなし、意味なしの真骨頂を書いてしまった気分が拭えません。
完全に謎な内容ですみませんでした…!!
梅雨だったので、長雨で小十郎の古傷が痛むんじゃなかろうか…という妄想だけで書いたので、意味不明な内容です。
小十郎の傷痕が政宗に関係あるかどうかは謎です!!
こちらも妄想の産物です…。

とりあえず、謝罪は尽きませんが、ここまで読んでくださってありがとうございます!

2011.06.19 柑奈


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