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蒼天疾駆






―――夢をみた。




忍になってすぐの、ほんの子供のころの夢。あの頃は無性に闇というものが怖くて怖くて。
夜の暗闇が辺りを染めれば、
寝床で丸くなって闇が去るのを待ったりした。
西を向いて駆ければ夜は来ないと、必死に西に向かって駆けたこともあった。

あの頃の俺は、心の底から。
闇がないと生きていけない。そんな忍の世界が嫌でしかたなかった。

でも、年月を重ねれば、次第に闇への恐怖も薄らいで。
いつしか闇で過ごすことが当たり前になっていた。


「今、あんな夢を見る、なんて…」


辺りがまだ漆黒の闇で覆われた真夜中。
俺は布団の中、身体中を濡らす冷や汗の中で目を覚ました。


「……っ、」


――何故だか分からない。


どうして、闇を怖れていた頃の夢など見たのか。
ぞわぞわと背中を這い上がるような不快感に吐き気がする。


「くっ、そ…!!」


拭っても、拭っても、その不快感は止まる事など知らぬかのように、俺の中から湧いて出る。


「…何なんだよ、一体…」


闇なんて、もうとっくに慣れたはずなのに…。
幼いころに感じた不安感までもがせきを切って溢れてくる。身体中を覆う冷や汗も、不快感も不安感も。
その全てが気持ち悪くて。


「…小十郎さん、」


自分でも気付かぬうちに、愛しい人の名を口にしていた。





+++++



それから、どれだけの時がたったのだろう。
気付くと、俺様は伊達の居城の目と鼻の先に立ち尽くしていた。


「っ、はは…」


それを理解して、俺様の口から最初に漏れた笑い声は酷く掠れていて。
考える事すら必要ではないくらい、それは嘲笑だと分かり切っていた。


「馬鹿じゃないの…」


こんなところに来て。
小十郎さんに会いたいから、って。旦那にも何も告げずに奥州まで来ちゃうなんて。


「ほんとに、馬鹿じゃないの…」





帰ろう、帰らなきゃ、早く、上田に、旦那のところに、俺様の居場所に、

…闇に。

帰らなきゃ。





そうは思っても、頭と身体が繋がっていないかのようで。頭でいくら考えても、理解しようとしても。
身体はぴくりとも動いてくれやしない。


「くそ…!」


…分かってる。
いくら頭で考えたって、俺は分かってたんだ。
闇には慣れただけで、闇なんて好きにはなれない。
闇に帰りたくないから、俺の身体は動いてくれないんだ…。


「…っ、」


闇が嫌いな忍なんて。
闇を恐れてる忍なんて。
今更、思い出すなんて…!!


「なんでっ…!!」


ぐるぐると回る脳内に、小十郎さんの顔が一瞬だけ浮かんですぐ消える。
どうして、小十郎さんの顔が浮かぶんだ。
何故、


「佐助」


小十郎さんの声まで聞こえるんだ。




――どうして今更、闇を恐れていたことを思い出してしまったんだ。
ようやく、闇に慣れたと思い込めていたのに…!!




「佐助っ!!」

「、えっ」


先程よりも近距離で、先程よりも大きな声で聞こえた小十郎さんの声に顔を跳ね上げると。
小十郎さんが眉を八の字に寄せて、俺の顔を覗き込んでいた。


「小十郎、さん…?」


幻聴ばかりか、幻覚まで見えてしまったのかと小十郎さんの名を呼ぶと、小十郎さんはホッとしたように息を吐いて。


「どうしたんだ佐助、珍しいな連絡も無しに来るなんて」


と、微笑んでからくしゃりと俺の髪を撫でて梳いた。


「………」


触られてる感覚…ある。


「本物…?」

「なんだ、俺が偽物だとでも言うのか?」

「め、滅相もございません!」


首を横に振って否定すると小十郎さんはこちらを覗き込んで、口を開いた。


「どうした、何かあったんだろう?」

「え、」


どうして。
どうしてあんたは、小十郎さんは。
俺が来てほしい、って会いたい、って思った時に来てくれるんだ。

どうして…っ!!


「何でもいいから、話してみろ」

「………」

「佐助」


小十郎さんは手を伸ばして、俺の頬を宥めるように撫でて名を呼ぶ。


「…あ」

「いいから、佐助」

「う、」

「笑ったりしないから」

「…っ、」

「遠慮するな、仮にもお前の恋人だろう」


この人は、どうして。
俺が欲しいと思った言葉まで言ってくれるんだ…!!

じわりと目尻に滲んだ涙を指の腹で掬われて、それにほだされたかのように、口が言葉を紡ぎ出す。


「やみ、が…」

「うん?」

「闇が、怖くて、小さい頃は、いつも怖くて…」

「あぁ」


少しずつこぼれ落ちる言の葉は、文章とは呼べそうもない拙いものばかり。
それも言葉につまりながらだったから、更に文章とは程遠い。それなのに、小十郎さんは柔らかな相槌を打ちながら静かに聞いてくれていた。
「夢、見て…、慣れたと思い込んでたこと、思い出して…」

「そうか」

「…ほんとは、今でも怖くてっ、闇なんて、嫌いで、怖くて」

「…そうか」


闇が怖いと思い出して、それを小十郎さんに話して、小十郎さんが相槌を打つ。
それが何故だか心地良い。
まるで、小十郎さんが俺の闇の部分を吸い取ってくれているみたいで。
とても心地が良かった。


「落ち着いたか?」


俺の気持ちを伝え終わってからしばらく経った後。小十郎さんはそう言って俺の顔を覗き込む。
頷いて答えた俺に小十郎さんは満足気に笑って、やや力を込めて俺の身体を抱き締めた。

息が少し苦しいけれどその感覚すらも心地良くて、俺は目を閉じて躊躇いがちに小十郎さんの背に腕を回した。



++++



「分かった」

「ん?」


しばらく抱き締めあった後、誰に言うでもなく呟いた言葉に小十郎さんが反応した。
それから俺は小十郎さんを見つめて、確信めいた感覚を確かに感じながら、小十郎さんに向けて口を開く。


「あんたは、光だ」

「俺が、光…?」


小十郎さんは訝しげに反芻して、意味を尋ねる視線をこちらに向ける。


「小十郎さんが、眩しい光だったから、俺様は思い出した」

「闇を、か?」

「うん。光が無ければ、闇は無い。光が大きいほど、闇も深く大きくなる」

「………」
「だから、俺様は闇の恐怖を思い出したんだ」


はたから聞けば、何を言っているのかなんて理解できやしない。でも、俺様はそう思ったからこそ言葉にできた。
小十郎さんも理解できるか分からないけど、ただ黙って聞いてくれるだけで俺様はとても満足だった。


「俺が光で、佐助が闇…か」


小十郎さんはゆっくりとした口調でそう言って、目を少しだけ伏せてうつむいた。
それから少しして、何か確信めいたような光を瞳に宿しながらこちらを見据える。


「俺は、そうは思わない」

「え?」


『そうは思わない』…って、その言葉の意味が理解できなくて、小十郎さんの顔を見ながら次の言葉を待った。


「俺は佐助が闇だとは思わない」


先程よりも強い光を瞳に乗せて、先程よりもはっきりと小十郎さんはそう言った。


「忍なんだよ俺様は。忍は闇の存在なんだ、だから俺様だって闇の存在じゃないか」


そう理解していても、発した己の声はあまりにも弱々しく震えていて驚いてしまう。


「忍は確かに闇に生きるものだ、だがお前は違う」

「…そんなはずないよ」

「いや、お前は光だ。お前自身が大きな光になったから…闇に恐怖を感じたんだ」

「そんな、はず…」


次第に霞む視界に、自分が泣いている事に気付くと同時に、心のどこかで安堵したことにも気付いて。
じわりと暖かな感情が自分を満たす感覚に、思い出す小十郎さんにすがりついた。
小十郎さんは俺の背に手を回して抱き締めて、首筋に顔を近付ける。


「お前が闇だったなら、俺はお前から離れなければならない」

「っ、」

「だが、お前は光だ。なら、お前を離す必要はない」

「…、」

「お前には、光の近くの蒼天がよく似合う。…だからお前は光なんだ」

「…っ、…勝手だなぁ、小十郎さんってば…」


――だから俺は闇じゃないって?

――光でいてくれないと困るって?


「ほんとに、勝手…」


――俺は光でいてもいいのだろうか。
――あんたの隣にいてもいいのだろうか。

小十郎さんの言葉ひとつで救われた気持ちでいられる俺様も、勝手なんだろうけど…。


「しょうがないから、光でいてあげるよ」

「…っ、そうか…!!」


自分でも驚くくらいのはっきりとした声でそう告げて顔を上げる。
そして、ゆっくりと小十郎さんから身体を離して、朝日に染まった空に飛び上がった。

振り返ったりはしない。

あんたの言葉だけで、俺は…。




この蒼天を駆けられる。





end.


後書き↓

ここまで読んで下さってありがとうございますっ(*^^*)
突発的に書き始めて、ダラダラと長引いた結果…よく分からない小説になってしまいました!!
光だの闇だの…
書いてる私が何がなんだか分からなくなりました(笑)
小十郎という光があるからこそ、闇が怖くなった佐助を書きたかっただけなんですが…
修行不足ですね…精進します(^_^;)
ちなみに、分かる人は分かると思いますが、冒頭の文中。
UV●Rworldのある曲をリスペクトしました。
あの曲のあの歌詞が忘れられなくて、大好きなんです!

それでは長くなりましたが、読んでいただいてありがとうございましたっ!!

2011.04.30 柑奈

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