狐2
佐助は忍として任務で来た時は、決して風呂に入ろうとはしない。
今回も風呂に入る予定は無かっただろうし、そうなればもちろん着替えなど無いに違いない。
「佐助、湯加減はどうだ?」
替えの着物を手にして湯気で白んだ脱衣所に入りながら、湯殿の佐助に問いかける。
「あれ、小十郎さん?うん、丁度いい湯加減だよー」
「そうか、それは良かった」
「それにしても、広い湯殿だねぇ。大将の城のより広いかも…」
「政宗様が広いものを好んだからな」
「へぇ…。ねぇ、小十郎さんも入らない?広すぎて、1人じゃ落ち着かないしさ」
少し反響して聞こえた佐助の返答に、俺は少々考えこんで。
こんな機会など滅多に無い、などと自分自身に納得させてから、着物に手をかけて帯を緩めた。
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広すぎる湯船に2人で並んで浸かりながら、佐助が視線だけをこちらに向けた。
「…まさか、小十郎さんが本当に入ってくるなんてね〜」
「お前が言ったんだろう」
それはそうなんだけど、と佐助は呟いて口まで湯に浸かって、ぶくぶくと空気を吐いている。
その姿はまるで小さな子供が拗ねているようで。とてもじゃないが、忍には見えはしない。
「小十郎さん、何かやらしいことでも考えてるんじゃないの?」
「馬鹿言うな」
確かに正直言えば少しは考えたことだったが、佐助に気取られないように一蹴してやると、佐助は訝しげな顔をしていた。
しかししばらくすると、腕を湯から上げて伸ばしながら、傷の確認をし始める。
「うわ、湯が染みると思ったら、こんなに傷ついてるし…」
「凄い数じゃねぇか」
「最悪…、旦那達2人がかりで殴るんだもんなぁ、前はこんなになんなかったのに」
政宗様と真田の2人を相手にして、その程度で済めば上出来なのではなかろうかと考えていた時。
佐助が発した言葉に、思わず眉根を寄せる。
「前?お前、前にも天狐仮面をやってたのか?」
「『やってた』じゃなくて、『やらされてた』んだけどね。前に旦那の修行の名目で大将に言いつけられてね…。殴り飛ばされたり、変化したり…、大変だったなぁ」
「そ、そうか…」
遠い目でしみじみと語る佐助に、甲斐の虎と真田の破天荒ぶりがありありと想像出来てしまい、佐助に同情せずにはいられなかった。
「…ん?変化?」
「どーしたの小十郎さん?」
「変化って、姿も変えられるのか?」
「当たり前でしょ!俺様は忍なんだからっ」
忍というのが苦手な俺は、今までそんな事を忍が聞かせてくれる機会もなかった。
知識としては、変化という術があるのは知っていたが、実際には見たこともない。
「そういうものなのか?」
「そーだよ、変化が出来なきゃ忍として一人前にはなれないんだよ、ほら」
佐助は話しながら、印を素早く結んだ次の瞬間、湯殿に小さな破裂音が響く。
音がした佐助の方向に目を向ければ、いつもの笑顔の佐助―――。
の頭の上に、黄色の三角のものが2つ、ちょこんと乗っかっていた。
「………」
「へへ、どお?」
得意気な笑みを浮かべた佐助の頭上。
細長い三角の物体は、狐の耳のソレと似ている。
無意識の内に俺は狐の耳に手を伸ばし、引っ張ってみた。
「いっ!!痛たたたたっ!!」
「あ、」
佐助の叫び声に反射的に手を離すと、佐助は頭上の耳を触りながら、涙目でこちらを睨んで文句を連ねた。
「ちょっと!小十郎さん!!痛いじゃないの!!変化した部分は自分の身体に違いないんだから、酷いことしないでよっ!!」
「わ、悪い…。知らなかったんだ」
「もう、今度から気をつけてよね!」
佐助の言葉に生返事を返しながらも、佐助の頭上の耳ばかり見ていると。何故だか、腹の奥底がぐるりと大きく蠢いた気がして。
「………。佐助、」
「へ?何?」
「…いや、」
佐助の名を呼んでみても、腹の奥底の感覚は消えてはくれない。
変わりに感じたのは、新たな欲望の塊だった。
「どうしたの?」
「…。尻尾は出せないのか?」
「…?出せるけど、それがどうしたのさ?」
疑問を顔に浮かべながら、佐助は印を結んで、再び破裂音が湯殿に響き渡る。
その刹那に目に映ったのは、佐助の尾てい骨の辺りから生えた、金糸が美しい狐の尻尾が揺らめく様子だった。
「…っ、」
ずくん、
腹の奥底で蠢く感覚は、今度は腰にまで響いて、それとほぼ同時に、俺は佐助に手を伸ばしていた。
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