目立ちすぎ?
※小十郎目線
今日はいつも以上に静かな夜だった。
時折聞こえるのは、そよぐ風に揺られた草木の音と虫の声。
政務の書類や書簡にあらかた目を通し終わり、派手に関節の音をさせて身体を伸ばす。
そのまま立ち上がって、開け放った窓から空を見上げた。
「…今日は満月か」
雲ひとつ無い夜空に、満月が明るく輝いて辺りを照らしている。
照らしていると言っても、城内の庭に誰かいるとまで分かったにしろ、それが誰であるか認識できないくらいだ。
「ん?」
何気なく見下ろしていた城内の庭の茂み。そこが少し動いたような気がして、目を凝らしてその茂みを見つめる。
が、それ以後、特に気になるような様子は無い。
「…見間違いか」
月明りのおかげで真っ暗闇ではないが、さすがに見間違いがあっても良さそうな暗さは十分にある。
それに、政務で疲れただけなのかもしれない。
頭ではそう考えたが、どうしてだろうか。その動いた茂みが妙に気になって。
寝る前の見回りだと己に言い聞かせて、自分の部屋を後にし、城内の庭にと歩を進めた。
庭に出て、辺りを見回してみるが、やはり何の異変も無い。
違和感を感じたあの茂みも確認してみるが、何かが潜んでいたような跡は全く無い。
「…やっぱり気のせいか?」
自分自身に問うように口に出してみるが、本当に何も無いのは明白で。
人どころか小動物すら、存在していた形跡は何も無かったのだから。
だが、しかし…
何が、とは言えないが、やっぱり気になる。
溜め息にも似た息を軽く吐いたあとに、辺りをぐるりと見回す。庭の片隅にある、何の変哲もないただの木。
それが何故だか気になった。
吸い寄せられるようにその木に近付いて、根元から上を見上げてみた。
しかし、やはり何もおかしな所などない。
…一体何を気にしてんだ、俺は。
分かんねぇな、なんだってこんな木なんか…。
考えても分かるはずもなく。
少しの間を置いて、目の前の木を足の裏で思いっきり蹴り上げた。
葉を何枚か散らし、ユサユサと大袈裟に揺れた木。
…やっぱり何でもねぇか。
そう思い、なんて無駄な時間を過ごしたのかと少々後悔しながら、木に背を向けようとした時。
「…う、っわ!!」
と多少間抜けな声が聞こえ、木から何か大きなものが落ちてきた。
それが何であるか認識する前に、
ゴッ、と鈍い音とともに、痛みに襲われた。
木から落ちたソレは、立ち去ろうとしていた俺の肩と背中に接触して地面に落下したのだ。
「ぶへぇっ!」
「…っ!!」
痛みに耐えながら、またもや間抜けな声を発したソレに視線をうつす。
「…何してくれんのさ、小十郎さん」
痛いよ、全く。と、地面に座って足を前方に投げ出した体勢で、ぶつけたであろう脇腹をさすりながらそう呟いたソレ。
月明りの中でも、十分に明るい茜色の髪を持つ人物。
「佐、助…?」
見間違えるはずもない。
「…なに驚いてんの」
ソレが猿飛佐助であると認識してから数秒固まっていると、バツが悪そうな顔で佐助が話しかけてきた。
自らの主が好敵手として認めている武田軍武将、真田幸村の忍隊長。
兼、…保護者。
それと、一応、自分とは恋仲と言っても良い関係で。
それが今、目の前の木から落ちてきたのだ。
「これで驚かないヤツがいたら、是非お目にかかりたいもんだ」
「あー、そりゃそうだよね」
佐助は勝手に文句を付けて、勝手に納得したようだ。
突然の恋人の登場により、なんだかさっきまで色々考えていた事を忘れていたが、頭がそれを思い出す。
「それはそうと、佐助」
んー?とやや間の抜けた返事が返ってきたが、俺が口を開くよりも早く佐助は「あ」と言って、慌てて元居た木に飛び移った。
目線をそのまま木の上に移し、俺は少々呆れながらも口を開いた。
「なんで奥州に来てんだよ」
「い、いや…あの、て、偵察?」
「…俺に聞くな」
「あ、あはは、そうだよね」
木の下から佐助が飛び移った辺りを見上げながら、もはや不毛とすら言っても良い会話を続ける。
今の様子を他人から見たら、木に話しかけているようにしか見えないだろう。
本当に不自然にしか見えない光景だが、むしろ佐助が見えない方が、好都合なのは間違いない。
「…ゴメンね、本当は下に降りて話したいんだけど。」
仮にも敵国の忍なのだから、夜中にこんな場所で喋ってる姿を誰かに見られでもしたら、少々どころかかなり、マズい。
そこんところの事情も、佐助は理解している。
「いや、構わない」
さらりと流すと、木の上から佐助の安堵したらしい溜め息が聞こえた。
「さっすが小十郎さん。見た目と違って器が広いねー」
「…どういう意味だ、こら」
構わない。と言った途端に調子が良くなる佐助に、今度はこっちが溜め息を吐く。
「そういえば、さ。小十郎さん」
「何だ?」
「よく分かったね、俺様がこの木に隠れてるってこと。仕事してたんじゃないの?」
「いや、終わってから感づいたからな」
そう答えると、佐助は感嘆の声を上げた。
「気配は消してたんだけどなぁ、さすが奥州筆頭伊達政宗の右目っ」
恋人に茶化されながら誉められると、なんだか全身がむず痒い。
「…だが、最初は勘違いかと思ったんだが」
「小十郎さんって、勘は鋭いじゃない。だって、俺様が最初に隠れてた茂み、庭に出てすぐ確認したもん」
そう言った佐助が指差したのは、自室の窓から動いたように見えた、あの茂みだった。
「何だ、やっぱりあの茂みにいたのか」
「え」
佐助の言葉を聞いて呟いた独り言に、佐助が動揺を示す。
「こ、小十郎さん、あの茂み、なんとなく調べたんじゃないの?」
「いや、部屋から庭見た時に、何だか動いたように見えたからな」
「えええぇえぇ!?じゃ、じゃあこの木はっ!?これは勘でしょ!?」
「いや…この木だけ何だか気になって、な」
「はぁあぁぁあ!?こんな木なんて、庭中にいくらでもあるじゃないのさ!何なの小十郎さんってば!何の能力!?…つーか、俺様が目立ってんのこれ!?はぁ…」
一通りまくし立てると、ぷつりと佐助の声がしなくなった。
怪訝に思い、樹上を見ようとした時、僅かな音を立てて佐助が地面に降り立った。
「うぅ…なんか、ホントにヘコむ…俺様忍なのに、天下の真田忍隊長なのにぃぃ…」
降り立った佐助はがっくりと肩を落とし、眉を限界まで八の字にしていた。
その姿は、とてもじゃないが天下の真田忍隊長には見えない。
「うぅ、有り得ない…」
尚も弱音を吐く佐助。
「だが佐助、茂みには何の痕跡すら残ってなかった。何一つ不自然じゃない。あれが出来るのは一握りの者だけだ」
「慰めならいらないよ…こんなに目立つんなら、もう来れないじゃない…」
「来れない?」
今にも泣き出しそうな顔の佐助がポツリと呟いた言葉に、眉根を寄せて聞き返す。
「あ…いや、何でもなっ」
「何でもなくないだろ」
『来れない』が何なのか、どこに対してのことなのか。佐助に問うても「何でもない」の一点張り。
身体能力や家事能力だけでなく、頑固さも人以上だとくれば、これほど苦労することはない。
約半刻はたっただろうか。押し問答の末に折れたのは佐助だった。
「もう、分かったって…。今まで、ね。勝手に奥州に来て、遠くから、見てたんだ」
『何を』とは言わなかったが、恋人に会えない日々が長ければ、一目でも見たいと思うのは極当たり前のことで。
俺にも佐助の気持ちは十分理解できる。
「急な休暇とか、近くまで偵察に来た時とか、城の外の木から、小十郎さんを見に来てたんだよ…。…はい、これで満足でしょっ」
そう言い放ってそっぽを向いた佐助の耳が、ほんのり朱みをおびている。
それは心底愛しいと思えたが、俺の中に別の疑問が湧き上がって、喉をついて出る。
「なら、何故だ?」
「…何が?もういいでしょ、白状したんだから」
「いや、良くない。…いつもなら城の外から見てるお前が、何故今日は城の内部にいる?」
「…それは、」
最初の質問の答えもまだ聞いてない。
「偵察じゃないなら、奥州に何の用だ?」
「あ、えと…だから、そ、その……った、から」
次第に小さくなる言葉。それに比例して、奥州に来た理由を告げる言葉も小さく、聞き取ることは出来なかった。
「あ?」
「だからっ、あ…会いたかった、から…っ」
再び発した言葉も、次第に小さくなったが、今回はしっかりと耳に届いた。
「…佐助」
「だからっ、小十郎さんに会いたかったんだもん。もう四月も会ってないじゃないっ」
「佐助」
「しつこいなあっ、恥ずかしいんだからもう言わないよ!?」
「佐助」
三度名前を呼んで、恥ずかしさに俯いた茜色の頭を抱き込んだ。
「…こっ、小十郎さんてば、」
咄嗟の行動に驚いたのか、佐助の焦ったような声がする。
元来小柄な佐助の頭は、自分の胸元にあるため、呼吸するたびに感じる佐助の、匂い。
確かに、もう四月会っていない。
仕事に追われながらも、何十回、何百回。
『佐助に会いたい』と。
どれだけ思ったことか。
「佐助…」
気が済むまで抱きしめて、気が済むまで名前を呼んで。
それでも足りないから、自室に誘うと、佐助の朱かった耳が更に朱くなった。
存外、目立つ忍も悪くない。
end
2010.4.24 柑奈
→後書き
最初に謝らせて下さい。
何だか意味不明な小説ですみませんでした。
長くするつもりは全く無いのに、ズルズルと付け加えて最後に長い小説ができちゃうのは、柑奈の悪い癖です。
見苦しくてすみませんんん…(泣)
小説をスラスラ書きたい…(泣)
と、とりあえず、間抜けで可愛い佐助と、佐助を見つける能力なら日本一の兵な小十郎が書けて満足です!
それでは、ありがとうございましたっ。
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