熱に浮かされて2
「失礼しまーす…っと」
小声で誰に言うでもなく呟く。
上田を発ち、伊達軍の居城に到着した俺は、誰にも見つかることもないまま。
もはやお決まりとなった屋根裏を通り抜けて、小十郎さんの部屋の真上に到着した。
普段ならばこの時点で
「おい、そこの天井裏のヤツ」だの、
「いるのは分かってる。さっさと出てこい、佐助」だの、
人の気配に鋭すぎる竜の右目の小言の一つ聞こえてくるはず。
…だが、今日に限ってそれが無い。
カタリ、と少しばかり音をたてながら天井板をずらして、できるだけ音をたてないように部屋に降り立つ。
部屋の中央には見慣れた布団が敷かれ、その上に綺麗すぎる寝相で横たわる小十郎さんの姿があった。
「…よっぽど辛いのかな。部屋に降りても、小十郎さんが気付かないなんて…」
そっと顔を覗き込むと、いつもとは違って薄く染まった頬、息は上気し、熱のためか汗ばんだ額には黒髪が二束張り付いていた。
「わ…」
普段ならば決して見ることのできない小十郎さんの表情に心臓が高鳴る。
…いや、でも情交中もこんな表情してたかもしれない。
そんな顔で「…佐助」なんて呼ばれた日には腰が砕けることは必至…。
って、何考えてんの俺様ってば!!
ぶんぶんと雑念を振り払うように首を振ったが、頭を振りすぎたことによる頭痛に比例して、自身の心拍数も上昇していることに気付かぬはずが無い。
「小十郎さんは風邪引いて寝込んでるってのに…」
「佐、助…?」
俺の呟きに答えるかのようなタイミングで、掠れた声が俺の名を呼ぶ。
声のした方向に顔を向けると、うっすらとまぶたを開けて、ぼんやりと俺を見つめる小十郎さんがいた。
「小十郎、さん…」
名前を呼んで、それから身体をいたわる言葉か何か言おうと思ったのに、続けるべき言葉が出てこない。
あれほど会いたい、と。
仕事がまるで手につかないほどに想い続けた人に。
己の名を呼ばれただけなのに。
なのに…。
それだけがただ嬉しくて、小十郎さんを見つめる目以外の機能が停止してしまったかのようだった。
と、その時、小十郎さんが布団の中で身じろいだと思うと、身体を起こそうとしていることに気付き、ハッと我に帰る。
「小十郎さん無理しないで、まだ辛いでしょ?」
「…辛くない」
本人はそう言うが、どう見ても辛くないわけが無い。
上半身を起こすだけなのに、やけにフラついてるし。
何度かバランスを崩そうとするし。
「そんなわけ無いじゃないの!まだ…」
『寝てなくちゃ駄目だよ』
と、全ての言葉を伝えることは叶わず。
小十郎さんは両腕を伸ばして俺の肩を掴んだかと思うて、ぎゅっと力をこめて抱き締めた。
「っ、何、どうしたの小十郎さん」
「…会いたかった、佐助」
「へっ!?」
抱きしめられたことで自然と近づいた小十郎さんの唇と、俺の左耳。
こんなほぼ密着した至近距離で、間違いなく腰に来る低音で、胸が高鳴るような言葉を。
それも愛する人から贈られた身としては、赤面して何も言えなくなるのは妥当ではないだろうか。
「ど、どうしたの小十郎さん…」
「…佐助、顔真っ赤だな…。…可愛い」
「はっ、はいいぃ!?」
思わず叫んでしまった俺の顔を覗いていた小十郎さんは怪訝そうに眉を寄せた。
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