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悩みの概念は人次第
※視線→雪男




―――呼ばれている気がして、目が醒めた。




兄と二人きりの部屋は静寂に包まれていた。
街頭が僅かにカーテンを染めているだけで、辺りは十分に暗闇だと言える。
睡眠中は、もちろん眼鏡を外しているため、部屋の様子は朧気にしか捉えきれない。
向かい合うように部屋の両端に設置されているベッド。
自分とは反対側に寝ている兄の姿も、影だけで兄がいると認識できる程度。
兄が寝ているのかはここからは分からない。
そもそもこの暗闇では視力など関係無く、認識できないだろう。


「…兄さん?」


自分を呼んだのだとしたら兄しかいない。
部屋にはっきりと響き渡るように少々大きめに呼び掛ける。
兄がもし寝ていたとしても、この程度では起きたりはしない。


…呼び掛けたのとぼぼ同時。
僅かに、兄が寝ているであろう影が跳ねた。


「兄さん」


もう一度呼んだ。


「…なんだよ、雪男」


今度は身体を跳ねさせることもなく、兄は不機嫌そうな返答をした。


「どうしたの、眠れない?」

「…別に」

「兄さんがこんな時間まで起きてるなんて、きっと明日…いや今日は雨だね」

「………」


可愛くない返答に、少しからかったつもりだったのに、兄はそれきり黙ってしまった。
いつもだったら、うるさい、などと言って騒ぐはずなのに。


「兄さん」


返答はない。


「兄さん?」


二度呼び掛けても、返答がないことに少々苛立った。
ばさりと音をたてて、布団から抜け出して兄さんに近付いていく。
決して新しいとは言えない床板が軋む音をたてたから、兄は何事かと少々慌てているようだ。
それが何だか可笑しくて、口元だけで弧を描いて笑った。


「兄さん」

「ゆ、きお」


兄の枕元に立って呼び掛けると、たどたどしく僕の名を紡いだ兄。
僕が移動している間に兄も身体を起こしていた。
ようやく暗闇に眼が慣れたらしい。
兄さんは不安なのか、表情はこわばったままこちらを見上げている。


「僕を呼んだ理由は?」

「え…?」


そう尋ねた途端、兄は更に不安そうな表情を深めた。
いつもは吊り上がっている眉が、今は残念そうに垂れている。


「呼んだでしょ」

「……」

「どうしたの?」


兄さんは何か言おうとして口を開いたが、何も言わないまま視線をさまよわせて、顔ごと俯いてしまう。
しばらく見つめていると、兄さんは決心したかのように顔を勢いよく上げた。


「…ごめんっ、本当に起きるなんて、思わなくて」


やはり、僕を呼んでいたのは兄だった。
尻すぼみに小さくなっていく兄の言葉に、自分の中に安堵が広がっていく。


「一回だけなら起きないと思って…、わ、悪かった、雪男」

「別に気にしてないよ」

「…、本当にごめん。…気にせずにもう寝ろよ」

「うん、そうするよ」


微笑みながらそう答えると、兄は安堵の表情を浮かべて、自分の布団を被ろうとした。
その布団が兄に被さるより早く、自分の手が兄の布団を捕まえて、兄に抵抗も抗議もさせる時間など与える間もなく。
兄の寝ている布団の中に、向かい合う格好のまま兄弟仲良く収まった。


「おやすみ、兄さん」

「、お前…っ」


見つめる兄の顔は焦りの色を多く含んでいる。
なだめるようにもう一度微笑んでみる。


「まあまあ、いいじゃない。昔はよく一緒に寝てたんだから、たまにはね」

「…っ、」


兄は、それきり何も言わなくなった。
そして、被さる布団の中に顔を突っ込んで、尖った耳と後頭部しか見えなくなった。


「…おやすみ」


小さな声で、布団の中から声がする。
僅かに見える兄の耳は、暗闇ながら紅潮しているようだ。
二卵生双生児のため、自分の身体は兄より大きかった。
兄は顔を布団に突っ込んでいたため、兄の身体を包み込むような体勢に自然となってしまっている。

そのまま兄の身体に腕を回して、優しく抱きしめた。


「…おやすみ、兄さん」


兄が、何故僕をよんだのか。
それは分からなかったけど、自分より小さな身体に抱える重責は相当な物で。
きっと、僕なんかには計り知れない重さなんだろう。
僕には、できることなんて無いのかもしれない。


でも、それでも。
今はただ、兄を悩ませる重責が少しでも軽くなればいいと、抱きしめた腕に力を込めた。



end


後書き

眠れなくて雪男を呼んじゃう燐がいたら可愛いなぁと思って、完成してしまった小説です!!
燐が眠れないくらいの悩みが…、実は献立が決まらないとか、単純で可愛い悩みだったら最高だと思います(笑)
むしろ↑コレで決定で!!
…考えすぎな雪男も大好きです!!

2011.06.06 柑奈

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