本当の家族1
※視線→燐
最近、雪男の様子がおかしい。
別に面白くて笑えるという意味ではなく、ただ単に変だった。
何か変な行動をしているわけでもなく。
どこが変なのか、自分でもどんな言葉で表現したらいいのかが分からない。
――だが、やはり変なのだ。
『なあ、しえみ…。雪男のヤツ、最近…変じゃないか?』
『え、雪ちゃんが?…そうかな?私には、いつもの雪ちゃんに見えるけど』
『…そうか』
『俺かて、いつも通りにしか見えへんぞ。…気のせいやないか?』
『そうなのかな…、って…!!勝呂っ、お前には聞いてないんだよ!!』
昼間の祓魔塾での会話を思い出す。
雪男の様子の変化も微々たるもので。
勝呂のように会って間もないヤツばかりか、小さい時から交流があったしえみすら気付いていない。
つまり、雪男の様子が変であることに気付いているのは自分ただ1人なのだ。
双子として生まれ、今まで一緒に過ごしてきたからこそ、俺は雪男の変化に気付けたのだろう。
「っあー…」
ガシガシと頭を掻きながら、椅子の背もたれに体重を預けて、それから伸びをする。
そして、目の前の机上に視線を落とす。
そこには一時間程前に広げた祓魔塾の課題が、一時間前とほぼ変わらない姿でそこにある。
「進まねー…」
雪男がまだ帰っていない部屋の中で一人、様子が変な雪男のことばかり考えて。
とりあえず、雪男の悩みの種を一つでも消してやりたいという気持ちから、課題を広げたまでは良かった。
それなのに、頭の出来が悪過ぎる俺には、一人では僅かも進められず情けない事この上ない。
「はぁ…、こんなんじゃ、兄貴失格だ…」
「へえ、兄さんは上出来な兄貴のつもりだったの?」
「うひょわあぁっ!!」
頭上から突然聞こえた声に、変な声を上げながら振り返ると。
そこにいたのは、今現在の俺を悩ませる弟の雪男だった。
「お、お前…っ、いつからそこに!!」
「え?兄さんが珍しく課題を広げて、『進まねー…』って言ってる辺りだよ」
雪男はニコニコと笑いながらそう言って、鞄を置きながらコートにと手をかける。
「で?兄さんは一体どうしたの?」
「…は?」
弟の口からいきなり投げかけられた、意味の分からない質問に目を何度か瞬いた。
「何か悩みでもあるんでしょ?」
「は?悩み…?」
「兄さん最近変だよ、しえみさんとかは気付いてないみたいだけどね。…僕でよかったら話を聞くよ」
悩みがあるも何も、悩みというのは雪男のことだ。
それなのに、その雪男本人から悩みがあるなら話せ、なんて…!!
そんなことは言えるはずがないだろう、と自問自答を繰り返してしまう。
そんな俺とは裏腹に、雪男は努めて優しい声で促し続ける。
「ほら、兄弟なんだし遠慮しないで」
「いや、その…」
「僕には言えない悩みなの?」
「そ、そんなことは…ねぇ、けどよ」
「じゃあさっさと話してよ。きっと兄さんじゃ最善の解決策も思い付かないはずだしね」
雪男の物言いに、思わずムッとして睨みつける。
何だよその言い方は。元はと言えば、雪男のせいじゃないか。
ああ、イライラする。
「ほら、兄さん、」
「だー!!うっせー!!」
「コラ、兄さん!!人の厚意をむげにしない!!」
「何だよ『むげ』って!つーか、俺はお前の事で悩んでんだ!!」
そう俺が叫ぶと、雪男は一瞬目を見開いて、すぐに眉間に皺を寄せた。
「…僕の事で?」
「そーだよ!…お前、最近様子が変っつーか、それが気になって…!!」
「…そんな事ないよ」
「そんな事あるから、俺は悩んでんだろ」
「兄さんの気のせいだよ」
雪男はピシャリと言い切って、視線をあからさまに逸らして。
そのまま背をむけて立ち去ろうとする。
言葉で雪男を止めるより早く、腕が雪男の手に伸びていた。
「待てよ!」
「…っ、離せよ」
「嫌だ。お前が話してくれるまで離さない」
「…兄さんには、関係ないだろ」
「ある、俺はお前の兄貴だろ!!」
そう言って、雪男の肩を掴んで、少し強引にこちらに身体を向けさせる。
眼鏡の奥、雪男の瞳はゆらりと揺れていた。
[次へ#]
無料HPエムペ!