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波風も立たない(綱吉)



休みの日、無駄に朝風呂に入ってちょっとばっかしちゃんとしたルームウェア(といってもゆるいジーンズに黒いTシャツですけど!)を着て、紅茶をいれてさあテレビをみようとした途端にぴんぽんとチャイムが鳴った。宅急便かなあと思いながらスコープをみると、化粧がちょっと濃いめだけどかなり綺麗なおねえさんが立っている。でも知らない人だ。ちょっと不思議に思ったけど、女の人だし平気かなと思ってドアを開けた。


「あのお、どちらさま……」
「あなたボスの恋人だって本当?」
「は?」
「だから、あなたはボスと付き合ってるのかって聞いてるの」


いま流行りの太い眉をぎゅっと吊り上げて赤いくちびるをぱくぱくさせて女の人は繰り返した。ボスってどのボスですかって聞き返そうとした瞬間に思い当たった。綱吉のことかな?


「あのお、そのボスのお名前なんかは」
「んもう!ツナヨシに決まってるでしょ、ばかねえ」
「あっ、じゃあ多分付き合っていると」
「別れて」
「えっ?」


わかれて、ワカレテ、wakarete……えっ?いま彼女は信じがたいことに別れてって言ったみたいだ。なに勝手なこと抜かしてんだって思ったけど、アイラインとマスカラでぐるり囲まれた目が泣きそうにうるんでいて思わず黙ってしまった。こんなにちゃんと化粧をしているからわからなかったけど、本当は私よりも年下のようだった。ていうかそもそも彼女は何者なんだろう。


「……あなたはだれ?」
「私を知らないの?」
「…寡聞にして、」
「ボスから聞いてないの」
「ああ、ごめんなさい、綱吉は仕事の話はあまりしないから」
「仕事?!」


彼女が急に声を荒げたのでびっくりしてしまった。お仕事関係の方じゃないのかな。なんかこう、スパイとか、偉い人の子供とか、なにかそういうの。女の人はイライラした様子で私を見上げている。


「婚約者よ」
「……だれの?」
「ボスのよ!」
「ええっ」
「ふふ、本当に知らないのね。明日会って婚約するの」
「本当に?」
「本当よ」


なんだかわけがわからない。埒があかないなあと思っていたら、ポケットにいれていた携帯がぶるぶる震えた。ディスプレイをみると綱吉からだった。なんてタイムリーなんだろう、そういうとこすきだな、って思いながら女の人に断って出ると、相当切羽詰まった声が聞こえた。


「はい」
『なまえ?!いま家?』
「そうだけど」
『女の人来てない?ブルネットで化粧の濃い人なんだけど』
「んー、多分」
『やっぱりか……なんか言われた?』
「うん、明日綱吉と婚約するって」


ね、と女の人に笑ってみせたら戸惑った顔をしたけど、そこにいんの?!っていう綱吉の声が電話から漏れ聞こえたところで気がついて、顔面蒼白になって電話を奪おうとするので、彼女のくちびるに指をあてて、しいーってやってみせたら顔を赤くして固まってしまった。かわいいじゃないの。


『はあ…その子探してたんだよ』
「かわいい婚約者さんね」
『ちょ、信じたの?!』
「わかんない。本当?」
『しないよ。するわけないじゃん、おまえどうすんの』
「捨てられんのかなって」
『……あのねなまえ、』


俺だって怒ることもあるんだよ、という声は直接聞こえた。玄関先に立っている女の人のうしろに携帯を持った綱吉がみえる。いらっしゃいと言うと、眉間にしわを寄せたまま電話を切った。女の人はもうほとんど泣いている。綱吉は眉尻を下げて彼女の手をとった。


「…迎えの車も来てるから」
「……嫌」
「家の人も心配してる」
「嫌よ!まだ別れるってこの人から聞いてない!」
「別れないよ。俺と、彼女は、別れない。……君との婚約も、出来ない」
「……なんで、」
「そうだよ。なんで?」
「……はああ?!」


彼女を前に大人ぶっていた綱吉は、私の台詞に目を剥いて叫んだ。彼女をどんと押し退けて(こら!)私の肩を掴んで、おまえいま自分がなに言ったかわかってんのって、すんごい真顔で言う。怖いよ。


「おまえは俺の彼女なんじゃないの」
「いや、まあ、そのつもりだけど」
「つもり?!」
「だってその子かわいいし、なんかこう、いろいろあるのかなって」
「いろいろってなに」
「……それはわかんないけど」
「なにおまえ俺のこと嫌いなの?」
「いやそれは、世界でいちばんだいすきだけど」
「……俺もすきだよ。だから別れないし婚約の話も断んの」
「それで大丈夫なの?」
「なまえがいないほうが大丈夫じゃない」
「………なんだかごめんね」


うれしいけど女の人に申し訳ないなあと思って(だってうちまでわざわざ来てくれたわけだしねえ)謝ると、彼女は顔を真っ赤にしてとうとう泣き出した。多分、彼女は綱吉がすっごくすっごくすきなんだろう。仕方ない、綱吉はそれ程素敵だから。


「……泣かないで、」
「っ、うるさい……!」
「そんなこと言わないで。せっかく綺麗にメイクしたのが落ちちゃうよ」
「そんなの、そんなの……っ」
「綱吉は悪いね、こんなかわいい子を袖にして」
「いやだからおまえさっきからどっちの味方なの……?」


呆れたように脱力する綱吉の手をそっと避けて女の人、っていうか女の子の涙を拭った。ちょっと指先が黒くなったけど、まあ、いいか。その子の家の人らしいスーツのおじさんが、黙ったまま会釈して彼女の肩を抱いて、車に乗るよう促した。抵抗するかわいいパンプスのヒールが、ずずっ、ずずって地面を擦る。あのう、と声をかけると真っ赤な白目でこっちをみた。


「まあ、そのうちいい人が、ねっ」
「………………」
「今回はご縁がなかったということで」
「…………あなた」
「はい?」
「ばかじゃないの」
「……ははっ」


思わず笑ってしまった。やさしくされたくないならそうしてあげよう。横で笑いをこらえてる綱吉をみたら、意外と性格の悪いところがある彼は私の考えてることが大体わかったようで、すっと私の頬に手を添えて引き寄せた。


「…………っ、」
「……ふふ、ねえねえ」
「ちょっとなに……、!!」
「あはははは、間接チューだね!」


うれしい?と笑いながらくちびるを拭うと指先が今度はほんのり赤い。女の子は首まで真っ赤にしながら、おじさんの腕を振りほどいて車に走っていってしまった。高飛車そうなお嬢様のことだから、こんなに人にコケにされたのは初めてなんじゃないだろうか。かわいいなあ。


「あははは、なんかちょっと加虐癖のある人の気持ちがわかるなあ」
「おまえね……」
「ん?」
「……いや、まあ、いいよ。そこまでするとは思わなかっただけ」
「だめだった?」
「別に。さすがにかわいそうだったけど」
「だって綱吉を持ってかれそうになったと思ったらさーあ」
「えっさっきはあんなに淡白だったじゃん……」
「年下のまえでかっこつけてたの」
「……じゃあほんとは妬いてた?」
「んー、妬くっていうか、無理だった」
「なにが」
「綱吉と別れたあと他のだれかをすきになるのが」


ぶろろろろ、と走っていく車を見送って綱吉をみたらまたキスされた。なんだかイタリア人のみなさんに影響されてんじゃないかなーと思う。別にいいけど。お茶飲んでく?って聞いたら、まだ仕事途中だから、ってすごく残念そうな顔で言われてしまった。マフィアって大変だね。


「夜なら来れるかも」
「ああ、でも無理しなくていいよ」
「無理じゃなくて俺が来たいの。……まあだいぶ遅くなるだろうけど」
「寝てたら起こしてね」
「うん、わかった」
「あのね、綱吉」
「なに?」
「さっきのね、びっくりしたけど、それ以上にうれしかったの」
「…………どゆこと?」
「だってさ、こんな昼間っから綱吉がうちに来てくれることなんてないでしょ」


だから会えてうれしかった、って笑って言ったら綱吉はぎゅうと抱きしめてくれた。名も知らないお嬢さん、このあったかさを知っていたら彼のこと信じずにはいられないのよ。優越感に浸りながら目を閉じた。



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