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会えない時間で辻褄合わせ(ゆうこは)




中学を卒業した春休みのある日、最後に会ったあの公園で会おうと言ったのは自分のほうだった。彼は、まあ自分の言うことなら大体がそうやろけど、おんわかったと言って、だから、多分、もうあの公園にいるだろう。待ち合わせをするときは、必ず早めに着くようにしていた。あたしを待たせたくないらしかった。そのくせ、小春のこと待つんはすきやねん、と笑っていた。


中学を卒業してから、まるまる3年会っていなかった。
別に音信不通というわけでもなく、メールや電話や年賀状のやりとりはあったものの、あの春休みの1日からこっち会っていない。二人きりというだけでなくみんなでの集まりにも、ちゃんと示し合わせて交互に顔を出すようにしていた。
なぜと訊かれても答えられない。なんやそうせないかんような気がした、というだけのことで、勿論不仲なわけでもない。会いたいと思わないわけでもない。しいて言うなら、あたしとしてはやけど、みたことのないユウくんをみてみたいしみたことのないあたしをみせてみたかったとか、そんな理由だ。ユウくんがなにを考えていたかは知らない。
最後に会った日、ユウくんはいつものようにヘアバンドをしていて、Tシャツにゆったりしたパンツを穿いて、ぶらんこのまえの柵に腰掛けていた。あたしは確かポロシャツにジーンズで、新しい靴を履いていたように思う。ユウくんが、それええなあって褒めてくれたのを憶えてるから。これから長い間会わないっていうのはわりと早くから決めていたことで、だから悲しいとか寂しいとかはあまり、なかった。ユウくんは、高校生かぁ、と言って前髪をいじっていた。

「なんや想像つかんなあ」
「ユウくん、ちゃんと人付き合いせなあかんよ?」
「……うん、まあ、がんばるわ」

ユウくんはぎゅっと目をつむって、ぱっと開けたときにはもう笑顔でがんばるわ、と言った。ユウくんは、別になにを無理するでもなく、あたしには笑顔だった。

「なあ小春」
「なあに、」
「せっかく3年も会わへんねんからーと思ってさ、…いっこ、お願いあんねんけど」
「お願い?……なに、」

珍しいねえと言うと、ユウくんは嫌やったらええから、と慌てて言い訳した。あたしの珍しいねえ、にはなんの含みもなく、ただほんとに珍しいと思ったから言っただけやったのに。言うてみて、と促したらユウくんはやっと口を開いた。

「あんなあ、」
「うん」
「…いままで、ずーっと坊主やったやろ。髪、…長いのも見てみたいなって、思う」
「……伸ばせっちゅーこと?」
「嫌ならええねんで!出来ればやで!」

ユウくんは必死に言っていた。あたしは物心ついた頃からずっと坊主にしていたので、髪を伸ばすっていう感覚がようわかってなかったけど、別に嫌やないなあと思って、わかった、と言った。

「まあ途中でやんなって切ってまうかも知れんけど」
「いや、全然ええよ!うわー、でも、ちょっとほんま楽しみ」
「そんなにー?」
「おん。きっと、かわええよ」

ユウくんはそう言って、また笑った。





というわけで、あたしは髪を剃るのをやめた。伸びるままにするわけにもいかないのでたまに整えたりはしたものの、基本的にはそのまんま伸ばした。結果、かなりの猫っ毛なのがわかった。その伸ばした髪(といってもロン毛とかには至らない。勿論)と一緒に公園の入り口に立つと、ユウくんが3年まえみたいにぶらんこの柵に座っていて、ふ、とこっちをみた。
ユウくんはヘアバンドはしていなくて、髪も昔よりほんの少し伸びていて、背も高くなっていて、着ているTシャツもジーンズも、みたことないものだった。でも、ユウくんだった。ユウくんは、そのきっつい目をぎゅっと開いて、小春、と呟いた。うん、小春やよ、と笑ってみせた。ユウくんは立ち上がって、あたしが歩いていくのを待たないで駆け寄ってきて、ぎゅうと抱きしめてくれた。ああ、ほんまにユウくんやなあ、と思った。


「こはる、」
「久し振りやね、ユウくん」
「うん、」
「背え伸びたんやね」
「うん、」
「……でも、あんま変わらんね」
「……小春は、」
「ん?」


小春は相変わらずかわええよ、とユウくんは言ってあたしの髪をさわさわ撫でた。ふあふあやなあ、うん、猫っ毛やねん、うん、かわええ。ユウくんはちょっと体を離して、笑って言った。


「ユウくんも髪少し伸びたねえ?」
「ああ、そうかも。バンドしてへんせいもあるかな」
「……ユウくん」
「ん?」
「ユウくんは、かっこええよ。昔より、ずっとかっこよおなった」
「…………あかんわほんま」


笑って言ってみせると、小春そんなこと言わん子やったやん、てユウくんは顔を赤くして、ぎゅうとあたしの手を握ってよこした。とりあえず座ろ、って二人して柵に腰掛けたら、ユウくんは自然に手を離した。そういうところは変わってへんね。めがねも新しいのやね、と言って、相変わらずユウくんはやさしいやさしい目であたしをみてくれた。


「ねえユウくん」
「なん、」
「あたし、髪伸ばしたよ」
「……うん、ありがとうな」
「ユウくんのお願い、聞いたったよ。うれしい?」
「当たり前やん!思った以上にかわいーてびっくりしたわ」
「ほた、今度はあたしのお願い聞いてくれへんかなぁ」


笑って言ってみせた。けど、本当は、あの頃みたいに一も二もなくあたしの言うこと聞いてくれるユウくんやなくなってるかも知らんと思って、突き放した笑顔になってしまったなっていう自覚があった。
当然ユウくんにはばれて(ばれたことにさえ、よかった、と安堵してしまった)、ユウくんは眉をしかめながら、なんでも言いや、と表情とちぐはぐなことを言った。


「俺が断るわけないやろ」
「うん、…ごめんね、」
「小春」


ユウくんはぐ、と体を乗り出してあたしの顔を覗き込んだ。ぱち、とまばたきすると、ユウくんはますます眉をしかめて、


「小春、なんや変なこと考えてんな」
「変なことってなによ」
「……小春、俺、小春のことずっと、昔と一緒にすきやで。小春が俺をどう思ってて、それがどう変わったかはわからんけど、俺は変わらんから、せやから小春は昔と一緒に、俺になんでも言ってええの」


ユウくんはそう言ってあたしの猫っ毛をぱふぱふ触った。3年という月日は、あたしを子供にし、ユウくんを大人にしてしまったみたいだ。ユウくんはそれきり、あたしが話し出すのを待つことにしたのか、遠くをみて黙っていた。


「ユウくん」
「お、なになに?」
「ぎゅーってして」
「………………えっ?」
「なに、あかんの」
「いやいやいやあかんことない、あかんこた、ない、けどっ」
「……嫌ならそう言ったらええのに」
「いやなわけあるか!」


ユウくんは赤くなって、次に急に立ち上がって、ひとしきりわたわたしたあと、そう叫んで思いきり抱きしめてくれた。めっちゃ体熱い。ほんで心臓がめっちゃ早い。思わず笑うと、小春まじないわ、とふてくされた声がした。あたしも腕をまわしたげたいのに、腕ごと抱き込まれていてできなくて、仕方ないからシャツの胸あたりを掴んでみたら、ユウくんはがたんと体を揺らして、より一層心臓を早くした。


「……ユウくん、こんなんやったら早死にしてまうよ」
「小春のせいやっちゅーねん……」
「あたしより先に死んだらあかんからね」
「お、ま、……!!」
「あ、また早くなった」
「……ほんま俺いつか小春に殺されるわ。死因小春や」


ユウくんは顔を真っ赤にして小さく笑って、でお願いってなに?と聞いた。これやっちゅーねん。でもこれはユウくんのなかじゃお願いに入らへんねんなあ、多分自分もいい思いしとるからやろなーと思って、ちょっとうれしかったので、


「ユウくんあたしのことすきやんなあ」
「わかるやろ」
「聞きたいなー」
「……めっちゃすき。死ぬほどすき」
「ありがとうな」


ちょっと首を伸ばしてほっぺにちゅうしたったらユウくんは今度こそ完全に機能を停止した。目が「?!」って色をしているのが面白くて、かたまった腕から逃げて、ごはん食べにいこうやぁ、と言ったらユウくんはやっと動き出した。顔を真っ赤っ赤にしてほっぺをおさえて立ち上がったユウくんは、こはる!!と叫んだ。


「なーに」
「いまの、いま、いまのは、」
「せやからなにって」
「こはる、えっ、だって、いまの、」


小春こういうん嫌やったんちゃうの、って言うユウくんはもうほとんど泣いていた。

「嫌やったなあ」
「っ、じゃあ、なんで、」
「自分で考えてみ」
「……ほた俺、勝手にいい方に取るよ?ええねんな?」
「外れたら今日のごはんおごりな」
「どっちにしろ払ったるわ、そんなん」




ユウくんあほやなあ、したら正解わからなくなってまうやんか。
でもあたしは意地悪なので、そんな指摘はわざわざしてやらないのだ。



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