[携帯モード] [URL送信]
隔絶・閉塞・完結(高校生な財ユウ)



高校生
ユウジは美術部




昼休み、廊下でクラスメイトと話していたら、俺の肩越しに遠くをみてぎょっとしてみせるのでなにかと思って振り向くと絵の具まみれのユウジさんなのだった。ほっぺたや手をカラフルに染めたユウジさんはなにか考えながら廊下をぽてぽて歩いてきた。白い上履きもマーブルで、多分学ランは黒いから目立たないだけなんだと思う。しょっちゅうクリーニングに出してるのは知ってるけど。ユウジさんは俺の手前5mくらいで俺に気付いて、全く暢気な顔しておーひかるう、と片手をあげてみせた。手のひらはわりと肌色が優勢だ。


「ども」
「おん。元気?」
「……毎日会ってますよね?なんやかや」
「おまえ毎日コンスタントに元気なん?」
「あーいま。たったいま元気やなくなったわーあーしんど」
「うわうっと!」
「どっちがすか。……ユウジさんは今日は元気?」
「おー元気やで!」
「ほんならよかったすわ」
「……なんや企んどる?素直すぎて怖い」
「そないなこと言うなら今日はもう放課後待ったらないっすからひとりで帰って下さいね」
「えっ、わ、ごめん!すまん!」
「じょーだんすわ」
「……もーええわ、顔洗ってくる」
「はい。またあとで」
「うん。じゃな」


そう言ってユウジさんはまた廊下をぽてぽて歩いていく。俺の横に突っ立っていたクラスメイトは、ほんまに仲ええんやな、と俺の顔をみた。なんやねんその表情は。まあ中学で部活一緒やったしと当たり障りない答えを返したら、クラスメイトはユウジさんの歩いてったほうをちらりとみて、


「あの人、俺のこと、無視っちゅーか、視界にすらいれてなかったよな」
「……まあ、そーいう人やねん」
「やっぱ変わってるわ。変わってるってより、おかしいで。普通そんなことできん」


彼はそう言って教室に戻った。ユウジさんが触ったせいで、俺の右手側面は少し、緑色がかってしまっている。



放課後なんで俺がユウジさんを待つかというと、ユウジさんは一回はまると下校時刻に気付かずに描き続けてしまうからだ。ユウジさんとおなじ高校に行くと先輩たちに話した途端、ユウジのこと頼むでと口々に言われたのも、当時は???だったけどまあこれならその心情を察するに余りある。ユウジさんは友達を作るとか人と打ち解けるとかいうことを全然せず、ただひとりで生活し、部活にいき、絵を描いた。昼休みならともかく、放課後美術室を使う部員はユウジさんだけやないんだから下校時刻を教えるくらいできるやろと思ったけど、描いてるユウジさんが反応する声はこの高校では俺のだけだったので仕方ない。


放課後、今日も描いてんのかなー、めんどっちいなと思いながら美術室に向かうと物音が全然しない。あれ、と思ってドアをあけると、でかいカンヴァスのまえでユウジさんがひとり床に転がっていた。他の部員はいない。窓から差し込む夕日に背中を照らされている。暑くないんかな。カンヴァスのほうを向いていて顔がみえない。近寄って見下ろすと、つり目が閉じられていて幾分幼い顔をしている。昼休みとはまた違う色の絵の具がほっぺや顔の横におかれたゆるいこぶしを飾っている。
疲れてるのかも知らんけど、最終下校時刻が近づいている。ユウジさん、と呼ぶともぞもぞ動いて薄く目をあけた。


「ユウジさん、」
「……ひかる、」
「なに転がっとるんすか、もう帰らな」
「あー、うん……そんな時間か。ふあ、」
「……寝とらんの?」
「あ?や、寝てる……と思う、それなりには。ちょっとほら、ひなた気持ちくて」


上体を起こしてぐぐぐ、と伸びをしたユウジさんが、立たせてーと手を伸ばすのを思いきり引っ張る。よろけるので、抱き止める。ユウジさんはちょっとびっくりして、それから、絵の具まみれの手のひらで俺に触らんように気をつけながら抱きついてきた。首の後ろでちょっと浮かして手を組んでいるのがわかる。


「うわ、ユウジさんあったかい」
「黒いの着てひなたおったからなー」
「片付けしましょーよ」
「あと5秒」
「…………………」
「よし、やろ」


キスしようかなと思った途端にユウジさんは離れていった。まあええけど。パレットや筆をぱたぱたと整理し、カンヴァスを部屋の隅に寄せた。表面を確認してから白い布をかぶせようとする。


「ユウジさん、」
「んー?」
「その絵もう完成?」
「そやでー。あ、完成版みたの俺以外やったらひかるが最初やな!出来たのみんな帰ったあとやし」
「……そうなんすか、」
「うん。どや、ちょっとうれしいやろ」
「はあ、まあ」
「見せがいないなーおまえ……」


こんなとき。
あの頭いい先輩なら、俺には思いもつかないような最高の返事を出来るんだろう。あの人だけやなくて、謙也くんとか、白石さんとか、あのときの先輩らならなんかしらうまいこと言えるんやろうなと俺は自嘲も含めて考えた。なんといってもあの環境のせいでユウジさん(と、まあ、俺も)は3年間(俺は、2年間)あまやかされてきたわけだし。俺はいまでも、俺がユウジさんのプライベートゾーンにいれてもらってんのはあの頃の先輩たちのおまけとしてにすぎない気がしている。他の先輩が俺をよう構ってくれたから、仕方なく俺のことも認めてくれただけに思える。


まあ本人に言ったところで否定されるから言わないけど。
ユウジさんは片付けを終え、手をばしゃばしゃ洗っている。ユウジさんの手を離れた水が様々の色に染まって、ステンレスの無愛想なシンクを流れていく。時計をみると、いつもよりは時間に余裕があった。大体はほんとに門が閉まる直前までかかる。今日は絵が出来てたってのがでかい。ユウジさんは、下校時刻までにたっぷり20分の余裕をもって帰る支度を終えた。すばらしいタイムやな。


「ユウジさん今日早いっすね」
「ふ……俺かてやればできんねん」
「いつもこーならなー」
「………………」
「せやから冗談ですって」
「……ひかる」
「はい」
「まだ時間あるよな」
「ありますね」
「…じゃあ、」

触ってもええかな、って言ってユウジさんは手のひらをこっちに向けた。もう洗ってすっかりきれいだよーっていうアピールらしい。思わず笑いそうになったので、それがばれて機嫌を損ねるまえにとこっちから抱きしめた。


「わっ、」
「あ、もうあったかくない」
「悪かったな!」
「ううん、ちょうどええです」
「……それはそれで、」
「うん?」
「はずいな……」


ユウジさんはもごもご言いながら俺の背中に手を回してくれた。我慢出来なくてとうとう笑うと無言で頭をはたかれた。別にいいけど。ユウジさんの首筋からは美術室のそれをぎゅうっと濃くした匂いがして、もう絵の具やなんやかやの匂いはユウジさんの体臭にまでなってんのかなあとぼんやり思った。ああ、でも風呂入ったらまた違う匂いかな。ひかる、ひかる、ってユウジさんは繰り返した。俺はそれにいちいち返事した。しながら、心のなかではおんなじように、ユウジさん、ユウジさんって繰り返していた。


「ユウジさん、俺、ユウジさんにやったら、そんまま触られてもええよ」
「そんまま、」
「手の話」


たったそれだけのことでとびきりうれしそうな顔をする。おまけだろうとおこぼれだろうと、いまこの瞬間、この人にしあわせを感じてもらうために俺はここに存在している。それなのに。まだ絵の具の残っている頬にキスした。ユウジさんは、ひかるくちびる青なってる、と笑って、


「……、これでおそろい?」
「うん、ユウジさんのくちびるも青いよ……」




それなのに、いつも俺がしあわせをもらってしまう。あったかくてしあわせでカラフルな、俺の、世界。



あきゅろす。
無料HPエムペ!