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エイト・マイ・ハート(英仏/20000打企画)



ほだされる話の続き
大学生×社会人になりました





「じゃ、ここで」
「……うん」
「なんだよ」
「…なんでもないよ、おやすみ」


いつからだろう、アーサーが家まで送ってくれなくなった。大学生になって車を買ったあとは、二人で会ったときはいつも家まで乗せてくれたのに。こないだから急に、大きな通りから俺のアパートのある道に入ってくれなくなった。ここ曲がりゃーすぐだろって、それはまあ、そのとおりなんだけど。気にする俺が女々しいのかな。女々しいんだろうな。通りから少しだけ歩いてアパートに着いて、部屋の電気をつけても俺の心は冷えっぱなしだった。


あの夏、つまりアーサーがまだ中学生だったときのってことだけど、あのあとも別に俺たちの関係は変わらなかった。勿論セックスはあれ以来してないよ。キスもしてない。俺は彼女だの彼氏だのがいるときもあったし、アーサーにも彼女がいるときはあった。俺は大学生の間中アーサーの家庭教師をしたし、アーサーは無事大学生になったし、俺はいまでは社会人だ。あのほとんど、というか完全に犯罪じみてたセックスからもう6年くらい経った。ほんとは夢だったんじゃないかなってたまに思う。でもあれ以来、アーサーがやたらとやさしい瞬間があるのでなかなか忘れられないのだった。そのひとつが車で送ってくれることだったんだけど。
ぼんやりガラス扉の食器棚をみる。送ってくれたあとお茶を飲んでいくことも多かったので、アーサーの分のマグもある。多分もう1ヶ月は使ってない。


(あ、やばい、)


泣く、と思った瞬間電話が鳴って小さく叫んでしまった。アーサーだった。涙声を悟られないように、深呼吸してから通話ボタンを押した。


「はいもしもしー」
『いま大丈夫か?』
「うん、もう家着いたの?」
『さっき』


明日映画行こうと誘われて俺は舞い上がった。仕事あるからレイトショーしか行けないよって言っても、それでいいって言ってくれた。時間を決めて電話を切って、明日の仕事もがんばろうと思った矢先マグが目に入った。アーサーのやつ。
明日も送ってくれなかったらどうしよう、という段階は正直とっくに通り過ぎている。多分、9割9分9厘送ってくれない。映画は楽しみだけど、明日の夜も落ち込むことはわかりきっていた。というわけで、俺は決意を固めた。じゃあここで、って言われたら聞いてみよう。なんでこの角曲がってくんないのって。



次の夜、映画は面白くて、ごはんもおいしくて、ケンカらしいケンカもなく俺たちは帰路についていた。あんまり楽しいので、俺はいざ言われるまで決意をすっかり忘れていた。


「じゃ、ここで」
「……へっ?」
「いや、だから、着いたって」


赤いライトが地面にチカッ、チカッと反射している。アーサーはハンドルにもたれて、呆れたように笑いながら俺をみている。俺はアーサーをみて、外をみて、もう一度アーサーをみた。うまく声が出ない。


「あのさ、」
「なに」
「前、から、聞きたかったん、だけど」
「はあ」
「なん、なんで……」


アーサーはきょとんとしながらも俺の言葉を待ってくれている。なんか、俺、なんでたった数十メートルにこんなに悩まされてんだろう。ばかだなあ、ほんとばか、ああでもこんな些細なことが気になるって俺ちょっとアーサーのことすきすぎる……
気付いたら涙がぼろっとこぼれて、アーサーは思い切り慌ててシートベルトを外してこっちに身を乗り出した。乗り出したけど、涙を拭おうとしたみたいにこっちに伸ばした手は、ひっこめた。なんでだよ!


「なんだよどうしたんだよ、」
「なんでだよ!」
「はっ?」
「なんで、いま、手!」
「て?、……ああ、手な、」
「なんでひっこめんの」
「………………、」
「なんで触ってくんないの……!」


違う、そんなこと言いたいんじゃない、俺はなぜ家のまえまで車をつけてくれないのかを聞こうとしただけで、こんな、触ってくんないのとかそんな、!!って俺の頭のなかの冷静な部分はわめいてるんだけど、うっかりもっと深い部分の本音が出てしまって俺は大層狼狽した。アーサーの顔が見れない。


「ごめん、俺帰る、」
「……フランシス、」
「送ってくれてありがと、じゃ」
「フランシス」


触っていいの、ってアーサーが言うから俺はドアを開け損ねて額を窓にぶつけた。アーサーは思い切り吹き出して爆笑している。おでこは痛いけど、さっきまでのぴりぴりした空気がなくなったのでこの隙に逃げようとしたら普通に腕を掴まれた。


「……なに、」
「逃げんなよ」
「……ここにあんま停めてたらだめだよ」
「わかってるよ。手短に済ますから」
「……で、なに」
「触っていいの?」
「触ってるじゃん」
「わかってるくせになあ……」
「……わかんねえよ」

おまえのことなんかなんもわかんない、って言ったらアーサーはまた笑った。じゃあわからしてやろう、と言ってアーサーは俺の腕を放して車を出した。……えっ?


「えっなになになに」
「おまえんち行くぞ」
「えっなんで!」
「……おまえさ、その歳で、本当になんにもわかんねえの?」


その歳でってどういうことだ。そりゃたとえばかわいい女の子とかと一緒ならまあアレだけど、でもだってアーサーだし、いや昔いっかいセックスはしたけどあれはアーサーが俺を許してくれただけだし。来客者用に空けてあるスペースに車をいれたアーサーがもいちどシートベルトを外すのをぼんやりみていると、アーサーは肺の中の空気全部出すみたいに深いため息をついた。


「俺っておまえのなに」
「……なにって」
「なに」
「……親戚で、仲良くて、勉強教えてて」
「そんだけ?」
「せっ……えーっと、一回寝ました」
「……もっかい聞くけど」
「なんだよ」
「俺は、おまえの、なに?」
「…………気持ちでもいい?」
「おー、言ってみろ」
「す、…………すきなひと」
「よし、合格」


6年振りにキスされて俺の心臓は爆発した。アーサーがキスうまくなっててそれは凹んだけど、でも、薄目をあけて俺をみるのはあの日と同じグリーンの瞳だ。ゆっくり目を伏せたら涙がまたこぼれた。




アーサーのすきなアーティストも、ブランドも、女の子の好みも知ってる。志望校だってだれより先に相談してくれたし、勉強しててわかんないところがあったら連絡くれた。初めてのバイト代でごはんに連れてってくれた。俺の愚痴も、うっとおしがりながらいっつも最後まで聞いてくれた。全部覚えてる。夜中まで一緒に遊んだことも、セックスしたときの怯えた表情も、家まで迎えに来てくれたことも、家まで送ってくれたことも。




「……アーサー」
「なに」
「俺、アーサーになら全部あげるからさ、だから、」
「……だから?」
「俺、アーサーの、」



心臓が欲しい。
そう言ったらアーサーは自分の左胸に俺の手を押しつけた。とく、とく、って、たったいま俺の告白を受けたにしてはあまりにも落ち着いてるリズムがわかる。よくわからなくてアーサーを見ると、アーサーは目を閉じて俺をぎゅうと抱きしめてくれた。


「ゆっくりだろ」
「腹立つほどのゆっくりさだよ……」
「おまえが食っちゃったから」
「……はあ?」
「どきどきなんかしねえよ。あのときから俺の心臓はおまえに預けっぱなしで、」
「………………」
「他のだれといたって冷えたまんまだよ。……けど、」
「けど?」
「おまえといるときだけ実感するよ。俺にも心臓あんだなってさ」
「そりゃなあ」
「まあ当たり前だけどな。だからフランシス、もし俺の心臓欲しいなら、いいよ。そのまま持ってろ」
「……あともういっこ」
「なに」
「なんで送ってくれなくなったの」
「ああ、それはもっと簡単」


アーサーは体を離して車を降りたので俺も慌てて後を追った。部屋に入るなりまた抱きしめられて、俺はもう一生分のしあわせをもらってしまった気がする。


「こうやって部屋上がったら、」
「うん、」
「我慢できねえだろーなって思ったから」
「なんだよそんなことかよ……」
「そんなことってなあ!」
「すんなよ我慢なんか。いーじゃん、しようぜ、セックス」
「…………おまえさ、デリカシーないって言われない?」
「あのな、アーサー、6年振りなんだよ」
「……まあ、確かに」





あ、アーサー、ちょっと心臓早くなった。



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