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薬指のマトリョーシカ



夜景の綺麗なレストラン、美味しい食事。丸いテーブルの向こう側に座る恋人は、優しい目をして永久の愛を囁く。薬指にはきらりと指輪が輝いて、まるで時間が止まったかのように感じる至福のひととき。


そんなドラマのようなプロポーズを、望んでいるわけではなかった。否、もっと言うならプロポーズ自体、神楽は期待していなかった。

何故なら彼女の隣に今も佇む彼とは、凡そ恋人と呼ぶには明らかに異質な関係性のままだったから。


「…ねぇ、沖田」

「何」

「…こないだ私が買ったアイス、勝手に食べたダロ」

「………何の事でさァ」

「沈黙が長いんだヨ!てめー、あれほど言ったのに食いやがったアルな」


ぐい、と沖田の胸倉を掴んで、神楽はそのまま激しく揺すった。ぎろりと鋭い眼光は、常人が見れば震え上がるほど。
しかしかくんかくんと首を上下させながら、沖田は悪びれもせずに言葉を繋いだ。


「ちょ、待ちなせェ。確かに食ったけど、そんなん名前書いてなかったお前だって悪いだろィ」

「ふざっけんなヨ!でかでかと袋一面に『神楽様のアイス』って書いたネ!」

「あー、悪ィ。『神様のアイス』って名前のアイスかと思った。見間違えちまったねィ」

「どこに油性ペンで商品名書かれたアイスが売ってるアルか!!もう最低ヨ〜〜死んで詫びるヨロシ」

「彼氏に死んでとか言うかフツー」

「彼女の名前読み違える奴が言うなボケェ!!」


ぐしっと涙目のまま鼻を啜り上げて、神楽は沖田をじとっと睨む。
弁償しろ弁償しろ弁償しろ、と心の中で呪詛のように唱えてテレパシーを試みるが、対する沖田は一向に気にせぬ様子でごろりと横になった。

そのまま沖田が片肘をついて、リモコンのボタンを押したのを見た瞬間に、神楽の中で再び戦いのゴングが鳴り響く。


「何様アルかお前!買えヨ!買って来いヨ!今すぐコンビニ行って同じの買って来るヨロシ!」

「嫌でさァ。めんどい」

「嫌でさァじゃねーヨ!私が嫌でさァネ!あーもう何でこんな惨めな思いしなきゃならないアルか!」

「たかがアイス一個のことだろィ」


ばさ、と激辛せんべいの袋を開けて、沖田はそれをかじる。視線は今しがたつけたテレビに注がれていて、神楽のほうなど見向きもしない。

むっとした神楽は唇を引き結んで、冷ややかな声で呟いた。


「…たかが、アルか。価値観の相違ってやつネ。残念アル、今まで楽しかったヨ」

「…何でィそれ」

「知らないアルか。離婚の理由ランキング第一位ヨ」

「結婚もしてねェのに何言ってんでさァ」

「…やっぱり価値観の違いは致命的ネ。傷付いたアル。バイバイ沖田、サヨウナラ」


神楽がすくっと立ち上がると、ぷつんとテレビが消える音がする。それでも気にせずに神楽が玄関へ行くと、背後から小さな溜息が聞こえた。


「…何アルか」

「それ、俺の台詞。なに怒ってんでさァ。今日はやたらご立腹じゃねーかィ」

「…今日は、って何ヨ。他と比べられるくらいお前は私のモノ食べてるって自覚あるアルか」

「それはお互い様だろィ。一昨日はオメーが俺のプリン食ったくせに」

「先週は私のお団子食ったダロ」

「お前まだそれ根に持ってたのかィ」


呆れ混じりの沖田の声に、神楽はきゅっと唇を引き結ぶ。何だか腹立たしいよりも悲しくなって、俯いてじっと自分の足元を見つめた。


「…もういいアルヨ。ほんとは気にしてないネ。――プリン買って来るアル」

「いーから、部屋戻れって。俺がアイス買って来っから。ちゃんと弁償しまさァ」

「もういいヨ。なんか冷めたアル。とにかくここにいたくないから、外出るネ」


ふいとそっぽを向いて、神楽は靴に足を入れた。とんとんと爪先で床を叩いて、ドアノブに手をかける。
その手を、沖田が後ろから引いた。


「――だから何なのヨ」

「行くなっつってんだろィ。オメーの耳は節穴かィ」

「その言葉そっくりそのまま返してやるヨ。聞こえなかったアルか、私ここにいたくないから外に出るアル」

「聞こえねーなァ。今日は俺の耳、日曜だから」

「じゃあ聞かなくてヨロシ。くたばれサディスト」


思いきり捨て台詞を吐くと、今度こそ神楽はドアノブを回して扉を開けた。掴まれた腕を振り切って、バタンと扉を閉める。


「…価値観の、相違ネ」


小さく呟いて、神楽は俯いた。
アイスのことが許せないわけじゃない。ただ悔しいのだ。今の自分達に、沖田が何の疑問も抱いてくれないことが。

付き合い始めてからだいぶ経つけれど、二人は未だに互いを名前で呼んだことがない。手を繋いだ回数より、喧嘩で相手を罵った回数のほうが多い。
そんな関係を、果たして恋人と呼べるかどうか。


だから神楽は、憧れてしまうのだ。
ドラマのような、きらきらとした愛に溢れた告白に。

本当は、綺麗な夜景も、美味しい食事もなくていい。レストランじゃなくたって構わない。ただ譲れないのは、恋人が心から愛を囁いてくれること。

神楽が夢見てしまうのは、本当はその一点だけだ。



「だけど、期待なんてしてないネ」


恋人とすら呼べない関係性の二人には、プロポーズなんて千里の彼方。まして沖田は、そんなことは微塵も考えていないだろう。

もう諦めよう、と神楽は思った。恋人だと思うから苦しいのだ。付き合っていたというのは勘違いで、沖田はただの悪友だった。そう考えることにしよう。


自分に言い聞かせるようにして、俯いていた顔をがばっと上げた。がばっと上げて――目に飛び込んできたのは、沖田の顔だった。


「ぎぃやぁあああ!!な、なんでお前が目の前にいるアルかぁあっ!!」

「ぎぃやぁあって…それが彼氏の顔見て出す声かィ…。流石の俺でも傷付きまさァ」

「な、何アルか!化け物アルかお前!!まさかテレポートを…」

「いや俺エスパー?」


低く呟いて、沖田は神楽の腕を再び引っ張った。


「お前、口悪すぎ。くたばれはねーだろィ。俺ァガラスハートなんだから気ィつけろよな」

「…今日は耳日曜なんダロ。幻聴なんじゃないアルか」

「あー聞こえない聞こえなーい。聞こえねーから一方的に言いまさァ。チャイナ、お前頑固すぎ」


ぺし、と神楽の額にデコピンをして、沖田は神楽の掌に飴玉をひとつ載せた。


「残念だけどチャイナ、俺達あんまり価値観違わないぜィ。でなきゃこうも好きなモンが一致しねェ」

「…それは味覚の話ネ」

「俺ァお前と喧嘩すんのも楽しいし、お前がいりゃあそれでいい。チャイナもそう思うだろィ?」

「…いきなりナルシストな発言アルな。お前ちょっと自意識過剰、」

「あー聞こえない聞こえない。聞こえねーし答えは聞いてねェ。だからチャイナ、お前にコレやる」


きゅっと無理やり握らされた飴は、歪つな形をしていた。


「飴なんかいらないネ。コレでチャラにしろってか?」

「そういう台詞は開けてから言いなせェ」


むっと唇を尖らせて、神楽は渋々飴の両端を引っ張って包みを開ける。

すると中には飴玉ではなく、また違う包みが入っていた。


(こ…こんにゃろぉ〜〜)


神楽は怒りで震える拳を必死に押さえた。
何だコレは。小学生の悪戯か。大人にもなって、何をやっているんだこの男は!


(私をおちょくったアルな!)


何だかもう悔しくて、神楽はやけっぱちで飴の包みを開いた。中にはまた新たな包み。開けて開けて開けて――そうして最後に出て来たのは、


「――え、」


きらりと光る、綺麗な指輪だった。



「…沖田、コレ、」

「お前にやりまさァ」

「…どういう意味アルか」

「見りゃわかるだろィ。…一応言っとくけど、飴玉じゃねーから食うなよチャイナ」


ふっと微笑って、沖田は右手を差し出した。ぽかんと呆けたままの神楽の左手を取って、薬指を軽く弾く。


「俺の価値観でいくと、その指輪はこの指にはめるモンなんだけどねィ。――これも価値観の相違ってやつかィ?」


ニッと笑う沖田には、最初から神楽の返答などわかりきっているかのようで。不覚にもどくんと高鳴ってしまった鼓動に、神楽は素直になることにした。


「――偶然ネ。私も、そう思ったところヨ」


鮮やかな笑みを浮かべて、神楽は自分の薬指に、きらりと光るその指輪をゆっくりとはめた。


綺麗な夜景も美味しい食事も、今目の前には一切ない。それはもともと望んでいたものじゃなかったから、神楽は気にならなかった。

けれどたった一つだけ、どうしても譲れないもの。
今はこの指輪に込められているから、見逃してあげるけれど。そう遠くないうちに、必ずこの男に言わせてみせる。


「愛のコトバは、いつかまで待ってやるヨ」


不敵に笑った神楽の左手に、沖田が自分の右手を絡める。
繋がれた手から伝わるのは、昔と変わらぬ心地良い体温だった。





マトリョーシカ




深青さんから二つ目のフリー小説頂いてきました!
欲張ってごめんなさい!!でも幸せです´▽`
沖神は大人になってもこうゆうやり取りしてそうですよね!てかして欲しい!
素敵な沖神ありがとうございました!




あきゅろす。
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