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・居酒屋にて(安平)




何をとち狂っているのか。
自分のようなろくでなしの中年男、一体どこに惚れたというのだろう。全くもって謎だ。
安岡はしげしげと、それこそ頭の先から爪先まで、飲み屋のカウンターで寝息を立てる平山幸雄を観察した。この青年は安岡を好きだと言い、体すら開いてしまうのだ。
日本人離れしたスラリと手足が長く胴が短い体。けれどそこに乗っている顔は純日本的だ。柳眉に切れ長の目。意外にも睫毛は長く、目を伏せるたび薄い影を作る。色白な細面はお雛様を思い出させた。
一見アンバランスにも思えるが、そこが不思議と可愛いらしく思えた。
平山は普段、安岡と二人にならない限り蓮っ葉な態度とふてくされたような表情で居る。しかし実はびっくりするほど純で、一途な一面を持つ。安岡の後ろをちょろちょろとくっ付いて回り、恋する熱っぽい眼差しを隠しもしない。
「俺、安岡さんと釣り合いたいんです」
釣り合うもくそも無い、と思うのだが平山はそう言って精一杯背伸びする。その様子が安岡には微笑ましく、愛らしく思えた。
そう、平山幸雄は。
可愛い。のだ。
気がつけば安岡は二十近くも年下のガキンチョに捕まってしまっていた。




「やすおかさん」
呼ばれ、ハッとすれば、そこは大衆居酒屋のごみごみとした店内だった。煙草でけぶった視界で、カウンターに赤い頬をつけた平山が見上げていた。酔いでとろけた目に、捕まる。
誰がぎゃははは、と馬鹿でかく下品な笑い声を上げた。しかしまるで水の底から聴いているように、おぼろでこもっている。
自分と平山、この二人だけが、薄い膜に覆われているような。
「やすおかさん、」
おう、と歯切れ悪く答えれば、平山は薄い唇を小粒の揃った前歯が噛む。眉を微かに寄せて、涙でもにじませそうな切ない顔だった。
不意に、手の甲に微かに体温を感じた。
やすおかさん。三度呼ばれる。
安岡の武骨な手を、平山は幼い子供が自分の宝物を慈しむように、拙く、おずおずと触れる。
安岡は胸の辺りがどうにもくすぐったくなった。とうの昔に忘れたはずの、青臭い感情だった。
細っこい手を不器用に攫ってやれば、平山もまた、同じように不器用にはにかむ。
綻んだ赤い頬は酔いばかりでないのだろう。
机の下で絡めた指が熱い。
喧騒は遠い。




         





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あきゅろす。
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