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・オカメインコと秋の空(平カイ)



駅にもスーパーにも若干遠い中途半端な立地。狭いが安いのが売りのアパート。
唯一気に入ってるのは、ベランダが各部屋独立してることぐらい。
そんなアパートに住む俺の最近の日課は、お隣さんとの、ベランダでの語らい。






    





壁が控え目にドン、と鳴った。
俺は爪きりを中断、マイルドセブンを片手にいそいそとベランダに出る。
「カイジさん?」
右を向けば、お隣さんのカイジさんがちょっと照れながら会釈した。長い髪が揺れる。
「おはよ、平山さん」
「ども。今日休みなんですか?」
「うん。そう。平山さんも?」
「そっす」
「相変わらず凄いシャツだな」
「ははっゼブラです」
(おそらくよく慣れた人にしか見せないだろう)人懐っこい笑みを浮かべてカイジさんは手の平に収まったマグカップをくるりと回した。
不覚にもキュンときた。
俺は困った事に、この幸薄なお隣さんに恋をしてしまっているのだ。



そもそもの事の発端は二ヶ月と三日前。真夜中にも関わらず隣ではドッタンバッタン、ヒステリックな怒声の応酬だった。
ははぁ痴話喧嘩だなぁとウンザリしていたのだ。元々酷い熱帯夜だったし、睡眠を妨害された訳では無かった。が、気持ちの良いもんじゃない。
―っざけんなよ!
男の捨て台詞と扉を乱暴に閉める音、そして苛立たし気な階段を駆け下りる足音で辺りは急に静けさを取り戻した。
越してから半年近く。
ヤクザも不規則な仕事なもので、帰る時間もまちまち。
お隣さんとは越してから一度も会った事が無かった。
暑さでぼーっとした脳がニコチンを欲しがる。俺は眠る事を完璧に諦め起き上がった。煙草をひっつかみベランダの網戸を開く。全然涼しくない外にげんなりしたその時、目尻に黒い塊が写り込む。
心底びびって飛び上がった。
「っわ…!」
「ひっ?!」
塊も悲鳴を上げた。
…隣りのベランダで長髪の男がしゃがみ込んでいた。余程驚いたのか、デカい目をまん丸にして俺を見上げている。
しばしお互いに固まったように見つめ合う。
こんな時いったいどうすれば。とりあえず何か言わねば。
「どっ…どうも…!」
我ながら間抜けだったと思う。何故こんな状況で挨拶をするんだ俺。どう考えても面倒事、見なかったことにして部屋にすっこめば良かったのに。
男はぽかんと面食らった様子で、小さく頭を下げた。
「こ…こんばんは??」
涙でぐちゃぐちゃになった顔は、よく見たら可愛いかった。

それがお隣さんこと伊藤開司との出会いだ。
その夜、何故か、本当になんでそうなったのか、俺はカイジさんの話しを朝まで聞いた。
カイジさんは一個下の自称バンドマンのサハラ君と同棲していること。
サハラ君は浮気はするわ金はせびるは仕事はしないは、という典型的なダメ男ということ。
しかも、カイジさんもサハラ君も借金を抱えているなど。

(因みに二人でいくら…)
(額聞いたらみんな引くんで…)
(あー…てか失礼ですけどなんでそんなんと付き合ってんすか…)
(わかんねえ)
(わかんねえって…)
(気がついたらこうだったし…てかキモくね?)
(は?)
(…男と付き合ってるなんてさ)
(…別に……俺はいいと思います。ちゃんと好きになれてるならそれで)
(…変わってんね)
(そうすかね?)
(…………オカメインコかなぁ)
(インコ??)
(さっき言ったじゃん。なんでそんな奴と付き合ってんのって)
(えぇまぁ)
(俺オカメインコ好きでさ…あいつも好きで、なんかむちゃくちゃインコの話しで盛り上がったから、かなぁ)

ところでなんでベランダに?とカイジさんに尋ねると、中スゴいことになってるから、と答え、泣きはらした目元を綻ばせた。
その日、初めての笑顔だった。




以来、お隣さん付き合いが始まった。
最初の頃は俺が積極的にベランダから呼んで、カイジさんが出ていたが、何度目かに一々面倒くさいという話しになった。
で、話し合いの結果。
呼び合う合図は壁を一度叩く。
居ればベランダから顔を出す。
そんな事を繰り返すうちに、カイジさんが実はすごく可愛いひとなのだと気づいてゆく。
サハラ君の愚痴も、裏を返せばカイジさんの一途で純な性格を物語っている訳で。警戒心の強いカイジさんがちょっとずつ、様々な表情を見してくれるようになるのが楽しかった。
なにより口下手なカイジさんの拙いお喋りは、俺をたちまち夢中にさせた。
あっという間に、カイジさんを好きになっていた。

「そう言えば向こうの通りン家のオカメインコ、見つかりましたかね?」
「なぁ、心配。でもまだチラシ?ポスター?貼ってあるから見つかってねぇんだろう…」
「そっか…」
俺は頷いて新しい煙草に火を付けた。カイジさんが背中を手すりに預けて上ぞる。
「見つかるといいな」
「そうですね…、」
俺もカイジさんの真似をしてみた。世界が逆さまになる。
あー綺麗な秋空だ。
「空が高いな」
「…秋ですね」
そう言えば昨日もサハラ君と口喧嘩してましたね、いつもより声に元気が無いですよ、言おうと思った台詞をのどの奥に押し込める。
本当はもっとカイジさんの事が知りたいし、もっと近くに行きたいと思う。もっと色んな話しをしてみたい。
だけど所詮俺はお隣さんなのだ。それ以上でも以下でもない。
多分だけど。
カイジさんはこのベランダのみの関係だから打ち解けてくれたのだと思う。
手を伸ばせばぎりぎり届くこの距離がきっと、俺たちを繋げてる。
だから、俺は。



扉の開く音と、カイジさーん、と呼ぶ若い男の声が聞こえた。
「あ、帰って来た」
カイジさんが小さく呟く。
俺はまだ見たことの無いサハラ君につい心中で帰れや、と毒づく。それでも顔はなんとか笑顔をはっつける。
「またねカイジさん」
「うん」
手を振りあって、微笑みあって。
カイジさんは部屋に入っていった。
さっきまでそこにカイジさんが居た空間には、さらにお隣のベランダ。





(…あー。)



手すりに寄りかかったまま、ずりずりと座り込んだ。



(あーあー…。)



(横恋慕とか、俺)

(格好悪ぃでやんの。)



このままが良い。
きっと。
距離が近づけば近づくほど、カイジさんにもっと本気になってしまうから。
手がギリギリ届く距離。
この“境界線”、そっからは一歩も近づけない。
これ以上は。駄目なんだ。
それでも、ついついこう思ってしまう俺はなんなんだろう。








(…明日も話せっかな。)









あーもー…馬鹿じゃねぇの俺。












平カイ!平カイ!
カイジは幸雄が相手だと一番笑ってると思う。つか、平カイは地味にいいカップルだ。

続くかもしれない。



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