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小ネタ集
☆Q5.自己犠牲は何をもたらすか?

Q5,自己犠牲は何をもたらすか?



 ねぇこれ提出しておいてよ、と言うと彼は特に何の表情も浮かべずに「はい」と言った。連れ去ってからしばらくのあいだはいちいち「はいぃっ!」って感じに声をひっくり返らせていてそれなりに面白かったのに、最近では慣れてしまったのかそんなこともなくなった。彼より五十年近く前にスウェーデン君からもらったエストニアは彼以上に順応が早かったし、僕を取り巻く反応は思ったより普通に流れてゆく。ただラトビアだけは未だに過剰なリアクションを取ってくれるから、虐めがいがあって愉しいけれど。けれど。

 なんとなくつまらないなぁ、と思う。

 世の中は今いつ互いの寝首を掻こうかというような殺伐とした時代だ。そんなことは分かっているし、だいたい今までがそうだったのだからこれからだってそうなるだろう。だからこそつまらないなぁ、なんて思ったりして。


「ねぇリトアニア」


 今にも渡された書類を持って部屋を出ていこうとしていた彼を、すんでのところで呼びとめる。せっかくだし、彼をからかってみたくなったのだ。だから彼がはい?と身体をこちらに向けるのをきちんと待って、けれど敢えて彼の方は見ずに宣告する。


「近いうちにね、もう一回攻めようかなと思ってるんだ」
「……どこを、ですか」
「え? そりゃあ、ポーランド君だよ。ほら、今僕がトルコ君との戦いに忙しいからって、彼、勝手に改革を進めてるでしょ?」


 僕気に入らないんだよねぇ、と手元にあった万年筆を適当に弄ぶ。上品な黒の光沢を湛えたそれは、やがて僕の手からかたんとこぼれ落ちた。


「幸いプロイセン君も乗り気みたいだし……あぁ、オーストリア君は今回は参加しないみたいだけど」


 今度は何処をもらおうかな、なんて呟きながら彼へと顔を向ける。僕の予想通り、その深いうぐいす色の瞳は張り詰めた表情を浮かべていた。いつもはどちらかと言えば穏やかな口元はきゅっと引き結ばれていて、あ、これはちょっと何か言ってくるかもなんて僕としては思ってみたのに、


「……そう、ですか」


彼が紡いだのは、たったそれだけだった。

 気が付けば口元に戻り、失礼します、と彼は何事もなかったみたいに部屋を出ていった。若干拍子抜けしたが、思い出してみるとあのうぐいす色だけは戻らなかったことに気がつく。


 彼は、気を使ったのかも知れない。余計な一言を言うことで、僕が機嫌を損ねるとでも思ったのかも知れない。


 何のため? それはもちろん、他でもないあの最高に我が侭でとんでもない“相棒”のために。僕が必要以上にその“相棒”を傷つけるというような可能性を少しでも減らすために、彼は言いたいことを全てその瞳の奥に押し込んでみせたとでも言うのだろうか?


 だとしたら、本当につまらないことだ。自分の意思を封印してまで他の誰かを守ろうとするなんて。それも、不可能なことに対して。


 つまらないなぁ、ほんと。椅子の背もたれに体重を預け、僕は意識的にそう呟いてみる。けれど受け手のいない言葉は行き場もなく、卓上に転がった万年筆の黄金色の装飾が視界の端にちらついた。





A.彼とあの子の不幸
(それと、僕のたいくつ)





* * *

 第二回分割の前、という設定。
 こういう感じの話を書くのも好きです。さりげなく露様初登場だったり。

 現拍手(Q9.愛とは〜)とは同シリーズですが、話としては無関係です。


09.06.28
杏莉

出展:夜風にまたがるニルヴァーナ



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