喜びと妬み 1
武田組は朝から騒ついて、どこか落ち着きのない雰囲気だった。
それもそのはず。
組長の信玄が撃たれて意識のない今、
一番の権力者である若頭の佐助が、自ら出迎えに行くような男がやってくるからだ。
それも『伝説の竜』と呼ばれる、過去には武勇伝を残した男…………
もう15年も昔のこと。
その当時を知る古株は「あいつかぁ〜」と、懐かしむように笑い、
知らない連中は、どんな人物なのか興味があり心待ちにする者、
噂ばかりが先行していて今更の出戻りに納得していない者がいた。
「気に入らねぇ………」
浮ついた他の組員を尻目に、不機嫌な慶次は、勿論後者である。
「何で………アイツなんだよ………」
佐助とのやり取りが頭から離れず、慶次は痛む胸を抑えた………
──────
今から数時間前のこと………
「え?何て………」
「だから、今日は俺1人で行くからお前は残れ」
突然の命令で慶次は頭が真っ白になった。
「え………いや………俺ってただの運転手じゃなくて、佐助さんの護衛も兼ねてるから………」
「いいよ………片道だけだし」
「ッ…………」
帰りは護衛になる男がいるから心配ない……
そんな言い回しと、軽く上がった口端を見て、慶次は背中がザワッとした。
「俺は………この位置は手放したくない」
「………」
「佐助さんの付き人だって譲る気はない!」
「慶次………」
「佐助さん………そばにいさせて下さい………ッ!」
慶次は泣きそうに悲痛の叫びをぶつけた。
「お前は頼りにしてる………とりあえず旦那の面倒見てな………あの人はアイツのことになると取り乱すから」
「……………はい」
佐助は否定も肯定もしなかった。
慶次は納得してないが新しい命令を受ける。
胸がズキズキ痛むから、それ以上は何も言えなかった………
──────
「……じ………慶次!」
「うわっ、あ………幸村………」
「どうした?体に似合わず小さくなって」
体育座りのように体を丸めて俯いていた慶次を幸村は笑った。
「………幸村………楽しそうだな」
「そうか?」
「………竜が戻ってくるからか……?」
幸村は慶次と向かい合うように腰を下ろした。
「まぁ………政宗殿が帰ってくるのは非常に喜ばしい………しかし、お前は佐助が居らぬと覇気がないなぁ」
「……………」
幸村と慶次は対称的だった。
「フフ………佐助を取られて拗ねているとは可愛げがあるな」
「………2つしか変わんないんだからガキ扱いすんなよ」
「20代と30代では大きく異なるぞ」
「………うるせぇ」
クスクス笑う幸村に慶次は膨れて、居心地の悪さを感じた。
「………どうしても欲しいのならば、手に入れれば良かろう………」
「えッ…………」
一瞬、悪寒が走り慶次はバッと幸村の方を向いた。
「頭が戻ってきたぞー」
「ッ!!!」
外から声が聞こえて慶次の意識は一気に変わる。
2人は勢いよく立ち上がった─────
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