進め!巨人殺し
心の壊れる音がする(ベルジャン)
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「ベルトルト」




それは僕の名前。

目立つ存在ではないから名前を覚えられることはない。
覚えにくい名前だから正しく覚えられることもない。

ちゃんと呼んでくれるのは、
幼なじみのライナーやアニだけ。
でも僕はそれで十分だ。
2人がいれば、それで・・・・


「ベルトルト」


2人とは違う声が僕を呼ぶ?
そんなまさか。この声を知っている。

みんなの中心にいて、よく通る綺麗な声。
怒声や罵声も多いけれど、人を導く芯のある声。

その声が何故僕の名前を?
いや、気のせいだ。
人気者である彼に呼ばれるわけがない。
それとも、呼ばれたいという僕の欲求が起こす幻聴なのか。


「おい!」
「ッ!!??」
肩を揺すられて、僕は大きく驚いた。

「悪い・・・・驚かせるつもりはなかったんだが、お前呼んでも気づかねぇから」
「あ、ごめん・・・・」
視界には確かに彼・・ジャンがいる。
呼ばれたのは本当だったのか?
いや、僕は夢を見ているのか?

「すげー集中してたけど、何読んでんだ?」
「あ、いや、別に・・・・」
僕は読みかけの本を閉じて身体の横に置いた。
集中していたわけでもないし、就寝時間を迎えるまでのただの時間潰しのための読書だから本なんて何でもいいんだ。

「ふぅん・・・・なぁ、ちょっといいか?」
「え?う、うん・・・」
ジャンは僕の斜め前に腰を下ろした。
まだ現実味が湧かない。
僕に何の用があるというのだろうか?
僕は何かやってしまったのか?
落ち着かない。ライナーもいないし、僕はどうしたら。


「あのよ・・・・俺に座学教えてくんねぇ?」
「え・・・?」
逃げ道を探していた僕はジャンの言葉をよく聞き取れなかった。

「俺さ、別に頭は悪くねぇと思うんだけど、どうも直感型っていうか・・・・理屈を理解すんのが苦手っていうか」
ジャンは照れ臭そうに頬を掻きながら話を続ける。

「教官に質問なんてしたら、エレンの馬鹿に笑われそうだしよ・・・・」
「何で、僕に・・・・」
「だってお前成績上位にいつもいるだろ?」
「そ、それならライナーの方が・・・・」
そうだ。僕に構う必要なんてないのに。

「アイツはご覧の通り人気だろ?」
ジャンが視線を投げた先には、部屋の中央にある机に、ライナーを中心に集まる同期達の姿が見えた。

「でも、僕なんか・・・・」
「何?憲兵団入りを狙う奴は敵だから手を貸したくないか?」
「いや、そんな、」
「俺以外の他の奴を蹴落とせばいいだろ?」
ジャンはニヤリと笑う。
悪い笑顔なのに、とても正直で気持ちがいい。

「お前、教えるの上手そうだし頼むよ」
「う、うん・・・・」
断り方が思いつかなくて、受け入れることしか出来なかった。

「よし!よろしくな、ベルトルト」
ジャンが差し出した手に、僕は困惑した。

「何?」
「あ、いや・・・・僕の名前、知ってるんだって思っただけで・・・・」
「は?」
ジャンの目つきが厳しくなる。
怖い。まずいことを言ってしまったのか。

「何当たり前なこと言ってんだ?」
「え・・・・」
「常に成績上位にいる奴を知らない馬鹿がどこにいるんだよ」
「でも、僕なんて目立たないし、」
「はぁ?そんだけデカイくせに目立ってないと思ってんのはお前だけじゃねぇ?」
ジャンはけらけらと笑うので僕は恥ずかしくなった。

「それに、僕の名前は覚えにくいし」
「は?名前を間違える奴なんているのかよ?」
「う・・・ん」
「失礼な奴だな!そんな奴ぶっ飛ばしちまえよ!」
「う、ん」
清々しくて気持ちがいい。
ジャンの豪快な態度に僕は笑ってしまった。

「ちゃんと笑えるじゃねぇか」
「え・・・」
「改めてよろしく、ベルトルト」
「こちらこそ・・・・よろしく」
もう一度差し出された手を、僕はちゃんと握り返すことが出来た。


その日から、ライナーの背中だけを見ていた僕の視線はジャンを追うようになっていた。


やはり人の中心にいる目立つ存在。
明るくて、聡明で、器用で、短気だ。
危なっかしい所もあるからライナーもよく気に掛けている。
人がジャンを放っておかないのか、
いや・・・・ジャンが人を惹くんだろう。

ライナーの頼りになる魅力とは違う。
ジャンの人を惹きつける魅力は何だろう。

「ッ・・・・」
人の輪にいるのに、その外にいる僕を目ざとく見つけてくれる。
微笑まれたら息が止まる。

僕は、君に惹かれてしまう・・・・




「はー、なるほどねー」
日課となりつつある座学の復習。
ジャンは頭が固いだけで理解が早い。

「やっぱお前って教えるの上手いよな」
「そんなことないよッ」
至近距離で微笑まれたら、赤くなってしまう。

「ははっ!少しは褒められ慣れろよ」
「か、からかわないでよ」
「いやいや、ホントホント助かるよ」
布団の上に広げた一つの教科書を2人並んで覗き込むから自然と距離は縮まる。

風呂上がりはいい香りがする。
みんなと同じ石鹸のはずなのに、特別な香りに思えてしまう。
ふわふわと揺れる淡い色の髪。
刈り上げられた後頭部、白く細いうなじ。

こんな距離では、君に触れたくなる。


「なぁ、聞いてんのか?」
「え、う、うんッ!?」
ぼーっと違うことばかり考えていたのでジャンは僕を睨んでいた。

「お前なぁ〜、褒めた早々そりゃないだろ」
「ご、ごめんッ」
ジャンは僕に寄りかかり、体重を預けてきた。
密着されたら、僕は、もう、
僕は折り曲げた膝をぎゅうっと抱えた。

「お前って・・・・」
「え?」
「一緒にいると安心する」
「ほ、んと・・・?」
「あぁ・・・・あったけぇ・・・・」
ジャンは甘えるように擦り寄ってくるので、僕の背筋はゾクゾクとした。
ダメだ、このままではッ

「・・・・・」
限界に達してしまいそうで焦る僕とは対称的に、ジャンは静かに寝息を立てていた。
眠りに落ちてしまうほど、僕に心を許してくれているということなのだろうか。

僕は嬉しかった。


けれど、起こしてしまっては可哀想なので身動きが取れない。
どうしよう。どうしよう。

「ジャンの奴寝ちまったのか?」
「らいなぁぁぁあ・・・・」
「な、何だよ」
梯子を上って現れたライナーに僕は涙が出てしまった。

「馬鹿だな・・・・一度寝た奴はそんな簡単に起きねぇよ」
「でも起こしちゃったら可哀想だよ」
ライナーはジャンを布団に寝転がしてくれてようやく僕は身体が動かせた。
無防備に眠るジャンの寝顔に思わず顔が緩んでしまう。

「最近お前、ジャンと仲が良いよな」
「良いってほどじゃないけど、うん・・・・」
「気を付けろよ」
「な、に・・・を」
ライナーの厳しい視線にギクリとした。

「一線は越えるな、ということだ」
「わ、分かってるよ・・・・」
僕達の目的は忘れてなんかいない。
だけど、目の前にある手の届きそうな幸せに、僕は唇を噛み締めた。






「ジャン、最近調子いいよなー!」
「これが俺の実力だ」
「ベル何とかって奴と連むようになってから成績上がったろ?」
「・・・・あぁ」
「俺も教えてもらおっかなー」
夕食の時間に聞こえてきた会話。

僕とジャンは座学以外にも復習や予習をして、技術や知識を高めていた。
考え方や見方の違いで得ることも多く、
訓練に必要ないこともたくさん話し、一緒の時間を過ごすことが増えていた。


ガタンッ


椅子の倒れる音に周囲の視線はジャンに集まった。
当然僕も何事かとハラハラした。

「人の名前も覚えられねぇような頭の悪い奴が何を教わろうっていうんだ?」
「何だと!?」
「あーぁ、飯が不味くなった」
ジャンはそのまま食堂を出て行こうとしたので僕は動揺した。
泳いだ目がこちらを見ているライナーの視線とぶつかった。
ライナーは顎で「行け」と指示を出したので、僕は頷いてからジャンを追った。

僕のことで腹を立ててくれたのだ。
こんな嬉しいことはないけれど、僕のことで君が嫌な思いをする必要はないのに。


「ジャン」
「・・・・ベルトルト」
少しだけ振り向いたジャンの目つきは悪かった。
不機嫌にさせてしまったのは僕のせいだ。

「ごめ「悪かったな」
「え・・・・」
謝ろうとしたら逆にジャンが詫びてきた。

「嫌な思いさせて悪かったな」
「な、んで・・・」
「あの野郎、お前の名前をちゃんと覚えてなかった」
別にそんなこと構わないのに。
君が気に病むことではないんだよ。

「僕は平気だよ」
「何で!?お前だって怒れよ!冗談じゃねぇッ」
僕のために怒ってくれるなんて、本当に君は優しい。

「ありがとう」
「・・・・ったく・・・・お前はお人好しだな」
僕は嬉しくて微笑んだ。
するとジャンは溜め息をつきながら苦笑いを返してくれた。

幸せだ・・・・


「はぁ・・・・飯はサシャに食われちまっただろうな」
今更食堂には戻れない。
ジャンは少し後悔した表情をしていた。

「パンなら持ってきたよ」
「マジか!?」
「うん、半分こにしよう」
慌てていたのにパンを掴んできた自分を誉めたい。
僕らは宿舎の裏手でパンを分け合った。

「味気ねぇのに美味く感じる」
「そうだね・・・・美味しいね」
君と2人っきりだから余計にそう感じる。
何も邪魔をするものはいない。
2人だけの時間を共有出来て僕は嬉しい。

静寂な空間はいつもより心地良い。
僕らは他愛のない話をして笑い、考え、恐れ、喜び、ゆったりと流れる時間を楽しんだ。


「この生活も早く終わればいいな」
「う・・・ん」
僕は、ずっと続けばいいな、と思っていたので返事に迷いが出た。

「早く訓練を終えて憲兵団に入れば内地暮らしだ」
「そうだね・・・・」
「お前と一緒だし、快適だろうな」
「え」
ジャンは遠くを見つめて微笑んでいる。

「え、ってなんだよ?お前だって憲兵団志願だろ?」
「うん、そうだけど」
「なら一緒だろ?」
胸が苦しくなる。
君は僕と一緒にいることを良しとしてくれるのか。
こんな僕なのに・・・・

「ジャン・・・」
「ん?」
「いや、何でも・・ない」
この気持ちを言葉にしてはダメだ。
ライナーの言う『一線』を越えてしまう。

「なぁ、ベルトルト・・・・」
ジャンの声色は優しい。
子供をあやすような声で僕の名を口にする。


「言いたいことは言わなきゃ伝わんねぇし、やりたいことはやらなきゃ損するぜ?」
「ッ─────────」
どうしたって身長の高い僕と目を合わせるには上目遣いになってしまうジャン。

君の微笑みに僕は吸い寄せられてしまう。
心の言葉が口から零れ落ちてしまう。
想いが抑えきれなくなる。


「ジャン・・・・僕は君が・・・・」
君が、


「あー!!ジャン!こんな所に居た!!」
「マルコ・・・・」
突然の第三者に僕はドキッとして我に返る。
邪魔をされたような気もするが、助かったという面もある。
あのままでは後戻りが出来なくなるところだった。

「もう点呼の時間だから早く戻らないと」
「げぇ!?もうそんな時間かよッ」
時間が過ぎることを感じないほど僕らは一緒に時を満喫していたようだ。

ジャンは慌てて立ち上がり、尻を払って歩き始めた。
僕も遅れて立ち上がる。

「君も急ごう」
「ッ─────────」

マルコが僕に声を掛けた瞬間、ブワッと全身の毛が逆立つ感覚。
思わず僕はうなじを手で抑えてしまった。

本能が捉えた『敵意』なのか。
嫌な予感しかしなかった。
だって、彼は僕の名を呼ばなかったから・・・・




嫌な予感は当たるものだ。
いや、これがあるべき姿なのだろう。

僕は目立たず、ライナーの陰にいる存在。
名前も覚えられないその他大勢の1人。


君の隣りにいるのは僕じゃない。


少しずつ、ほんの少しずつ僕らの共有していた時間は侵食されていった。
そして、今君が笑いかける相手は僕じゃない。


どこかで音がする・・・・



「僕も憲兵団にするよ」
解散式の夜、君の横で彼が言った。


何か壊れる音がする・・・・
あぁ、そうだ。

壊れるのは
 


『壁』だ─────────






「ベルトルトッ!!お前、何勝手な行動を!!」
「何が?僕達の目的は故郷に帰ることだろう?僕の何が間違っているの?」
ライナーが血相を変えて僕を怒鳴る。
壁を壊すことの何がいけないの?
何故?僕達は人間を殺すんじゃなかったの?

そうだよ。僕は人を殺すんだよ。



「おい、お前・・・・何をッ!?」
「別に何も」
「よ、よせッ!!」
抵抗をする小さな人間。
僕はその人間から立体起動装置を奪い取る。

人間は地上では無力だ。
僕は人間を屋根から突き落とした。



「ベルトルトォオオ──────ッ!!!」
渾身の叫び声。
最初で最後に僕の名を呼んだ。
やっぱり知ってたんだ。

でも、もう遅いよ。


「さようなら・・・・目障りな誰かさん・・・・」


僕は立体起動装置を使ってその場を離れた。
巨人が近寄ってきている気がしたけれど、僕にはもう見えない。そして何も聞こえない。

さぁ、戻ろう。


愛する君の下へ────────






13.06.23
×××××××××
白トルトから黒トルト、そして病んデルト


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