さくらいろ、なみだ(義信)










【さくらいろ、なみだ】










「なあ義龍。おれが死んだら、桜の木の下に埋めてくれないか」



美しい女人の態をしたその人は、これまた美しく洗練された舞をひらりひらりと踊りながら、しかしその雰囲気に似つかわしくない物騒な申し出を投げ掛けてきた。
己の耳を疑い顔を上げたが、当の本人は涼しい顔でパン、と扇を開きつつ、薄桃の衣を翻し舞い続ける。そう、まるで他人事のように。
頭上には満開の桜が咲き乱れ、風が凪いでは花吹雪を巻き起こした。花びらは散り、舞い落ちて、地面を一面淡い色に染め上げる。
…が、一般的には情緒溢れるこの光景も、今や人間の血の生臭ささまで連想させていけない。目の前の美人が、死んだら桜の木の下に埋めろ、などといった戯れ事をぬかすからだ。

こんなことを、こいつの家臣共が聞いていたらどうなっていただろうか。きっと冗談では済まされないだろう。
そして、こいつは二度と桜を拝むことは叶わないかもしれない。
信長の一部の家臣は心配性というより、とにかく主を大事にする者達だ。故に桜を不吉なものと見做し、主を近付かせまいとする彼らの姿が思い浮かぶ。桜、則ち主の死、と連想付けるのは容易い筈だ。それ程に衝撃的な台詞であった。
だが幸いなことに、彼らはいない。ここにいるのは俺と、何もかも全てがひたすら美しい信長だけしかおらず、とても幻想的な雰囲気を醸し出している。
いつだったか皆の前で披露したという、この天女の如き姿。今度は俺だけに見せてくれという願いを、気まぐれな信長にしては快く受け入れてくれた。


「いきなり何を言い出すんだお前は。年齢順でいくなら俺が先に死ぬぞ」

「それもそうだな。八つも年上のおじさまだしな」

「おじっ……、そう言うがな、二十七などあっという間だからな。覚悟しておけ」

「おれはこれ以上年を取らない」

「それじゃ物の怪だろうが」

「物の怪…いや、それでは温いな。魔王にでもなってやろうか。そして、この日の本を支配下に置くというのはどうだ?」

「何を馬鹿な事を。寝言は寝て言え」


立ち振る舞いは驚く程華麗なのに、このやり取りのお陰で残念な事態へと転がり始めている。どんなに着飾っても中身はやはり破天荒で、常に我が道を行く信長様なのだ。まぁ、そうでなくては信長とは言えないのだが。
しかし、この麗しい姿に魔王などという表現の、なんと似合わないことか。先にも言ったが、これは天女と呼ぶに相応しい(普段の信長ならば、魔王と称しても違和感はなさそうだ)。


「お前も知っているだろう。おれはこういう人間だから、一部の家老共には見放され、多くの者から反感も買っている。恨まれることも少なくない」

「そうかもしれないが、それはお前の上辺だけしか見ていないからじゃないのか」

「…どうだろうな」


呟く信長の表情は少しだけ、ほんの少しだけ憂いを帯びていた。
その苛烈さ故に誤解を招くことも多々あるが、信長は本来、家臣や国の民を一番に考えている出来た国主なのだ。
しかし無謀な振る舞いや、新しいものを次々に取り込む行動力に、古きを重んじる家老たちが愛想を尽かし気味なこともまた事実。実際俺でさえ、深い仲になるまでは信長のことを頭から否定していた。今となっては反省している。
苦境に立たされ続ける信長には、味方が圧倒的に少ない。これでは、尾張周辺は敵に囲まれているようなものだろう。

だからこそ。


「信長。俺はお前の力になりたい。必要なものがあるならば美濃から工面するし、戦があれば加勢もする。
…だから、そんな簡単に死ぬとか言うな」



頼むから、俺より先に死なないでくれ。



懇願するように告げると、嬉しそうな、それていて悲しそうな…どっちつかずの複雑な表情を浮かべた信長。
その背後では、まるで空から降り注ぐ涙のように、桜の花びらがひらひらと散っていた。











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あああ、ちょっと暗い話になった…

「桜の木の下には死体が埋まっている」ってよく耳にする話ですが、あれって都市伝説じゃなくて、某作家さんの短編小説だったようです。
恥ずかしながら、この拍手小説を書こうと思い立つまで全く知りませんでした(^_^;)私、普通に都市伝説かと…
ていうか、オチって何かな?←



お題:ひよこ屋様



2011.4.16


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