幼心に火をつけて(義信)

お前は、お前ばかりがおれの事を好きなように言うが、実際はそうじゃない。
今まで一度も口にしたことなどないが、本当は違うのだと心の隅でいつも呟いている。

…これからも、伝えてやるつもりは微塵もないが。







【幼心に火をつけて】







「おい、チビ助」


あれは約十年ほど前のことか。
親父に連れられて、斎藤道三の居城である稲葉山城に初めて訪れたときのことだったと思う。
親父と道三が話をしている間手持ち無沙汰だったおれは、退屈凌ぎに一人で庭を探索していた。

庭に植えられている大きな木や池の鯉を眺めていたら、背後から不躾に声を掛けられた。
周囲に他の人間はいない。「チビ助」など、失礼極まりない言葉が自分に向けられているのだと瞬時に悟り、咄嗟に振り向く。
そこには、十七、八くらいの男が立っていた。


「お前、織田のところの餓鬼だろ?人の城の庭、勝手にうろつかれたら困るんだよ」


不機嫌な様子で吐き捨てるその男に、しかし反論ができなかった。
驚いていたのだ。六尺は裕にありそうなその背丈にだけではない。このおれに、気配を感じさせないその所業に心底驚き、言葉を失った。
物心ついたときから様々な武芸を嗜み、人よりも感覚を研ぎ澄ましていたつもりだったが、やはり上には上がいるものだと。


その長身を無言で見上げていると、何故か男は一瞬狼狽えて、僅かだが頬を染めた。
だがしかし、すぐに睨みをきかせてくる。
背が高い分迫力があるそれは、普通の子供ならば一目散に逃げ出す代物だろうが、生憎おれには何の効果もなかった。
いつも周りには、おれを睨む大人しかいなかったためか、睨まれ慣れていたのだろう。…自分で言うのも変な話だが。


「お前、なかなか肝が据わってるな。俺に睨まれて怯まない奴は初めてだ。しかもこんな餓鬼が」

「別に」


その時漸く口にした言葉は、数にしてたったの三文字だった。
だがそんなおれの態度に、男は怒りを募らせるどころか大笑いを始め、場の空気が一気に緩む。


「確か、吉法師…だったか?面白いなお前。気に入った。
どうせ暇なんだろ。少し遊び相手になってやろうか?おチビさん」

「……おれはチビじゃない」


これでも、同世代の子供らよりかは幾分か高い背丈だった。
何より、こいつとは歳が離れている。そんな年上の男に見下ろされても仕方がないのだと自分に言い聞かせ、どうにか怒りを鎮めた。

だが、おれの機嫌を損ねたのだと気付いたらしい男は、あろうことか頭を撫で回してきた。完全な子供扱い。腹が立った。
越えられない年齢の壁、抗えない体格差。
それら全てが不愉快だったが、髪を乱してくる大きな掌の温かさに気付いた。そして、嘲笑以外の笑顔が自分に向けられていることに気付いた。
こんな温かさで包まれるのは久々のことだと、胸の奥が疼いたのを覚えている。




気怠い微睡から徐々に意識を取り戻し、視界に映るのは、年を重ね以前より彫りの深くなった寝顔。
思い掛けない昔の夢に、つい口許が緩みそうになった。いや、緩んでいたかもしれない。
今どんな表情をしているのかなど、鏡を見るか人に指摘されない限り、自分ではいまいちわからないものだ。


寝顔でさえも精悍な顔付き。その眉間に手を伸ばし、指で軽く皴を解してやった。
呟かれた「俺は納得いかない」という寝言から推測するには、どうやら夢の中でまでも政務を行い、道三とでも話が噛み合わないのだろう。
若様は随分と仕事熱心なことだ。


…初めて義龍と出会ったときと今のおれが同じくらいの年齢になったが、あの頃の奴にさえ背は届いていないし、今でも、更にでかくなったこいつに余裕で見下ろされてしまう。
だが、それでも構わないと思った。背丈や体格の差など、些細なことでしかないのだと許容できるくらいには、おれも大人になることができたらしい。


「…義龍、」


そっと名前を呼んでみる。しかし余程疲れているのか、目を覚ます気配はない。
代わりに、いつの間にかおれの枕になっていた腕が動き、指先で髪を梳いてくる。
起きてはいない。もしかしたら、今度は夢で猫を構っているのかもしれない。見た目とは裏腹に、存外優しい奴なのだ。

浅い寝息を立てる唇に軽く口づけた。
普段は自分から絶対にできないことだが、相手の意識がなければ可能だったりする。

きっと知らないだろうが、おれは、お前が思っている以上にお前のことが好きなんだ。


…子供の頃から、ずっと。











(…おはよう。起きてたのか信長)

(ああ)

(いいことでもあったか?何か嬉しそうだな)

(別に)







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尾張と美濃が同盟を結んだのが、信長さまと濃姫の政略結婚からなので、この時期に信秀とーちゃんと道三殿が会うのもおかしい話ですが(^^)
最初から戦抜きの関係だったら、義龍さんも信長さまも、少しは仲良くできたかもなぁ…という幸斗の希望ですWW
信長さまの「別に」は、エ/リ/カ様調のツンデレ風でお楽しみ下さい(笑)


史実から分かってたけど…よったつさんと信さまの年齢差が8歳だと公式から発表されたので、更にけしからん妄想が巻き起こりますがどうしたらいいの(笑)



お題:rim様


2010.11.16


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