背徳の華(松政)




真っ直ぐ見据えていても 何も見えなかったのに
俯けば 紅が広がって
見上げれば 華が散った







【背徳の華】







膝を抱え、蹲っていた。

小高い丘の上では縦横無尽に風が舞い踊り、砂を巻き上げ幾度も肌を叩く。顕在している唯一の左目が何度も瞬きを繰り返し「早くここから立ち去れ」と警告を発するが、動く気力も体力も底をついていた。
かつて、黄金に輝く稲穂の海が広がっていたこの地は、いまだ戦火を燻らせている。辺り一帯は、ほぼ焼け爛れていた。
頼んでもいないのに届けられる臭いは、草木が焦げついた臭いか、あるいは人の発する臭いか―――
考えかけて、やめた。目を瞑り、抱えた膝に顔を埋め、思考回路を閉ざしてしまおうと試みたが逆効果だった。暗い瞼の奥には悶え苦しむ者の顔ばかりが浮かび、息苦しさに噛み締めた唇からは濃い鉄の味が滲む。

今しがた勝鬨を上げたばかりの伊達軍だが、軍の指揮を執った政宗の心は完全に沈みきっていた。
刀を振るう相手も、自分と同じ人間だ。非道も道の内となる乱世とはいえ、それを完全に割り切れるほど大人にはなりきれていない。ひきつるような胸の痛みがそれを物語っている。
これまでに何度も他の軍と衝突し、いよいよ許容量を超えた心は悲鳴を上げて、今にも張り裂けてしまいそうだった。いっそ大声で泣き叫ぶことができたら、少しばかりはこの薄暗い気持ちも晴れるのだろうか。分からない。

ふいに火薬の匂いが強くなる。


「こんなところにいたのかね、独眼竜」


この状況にも一切動じていないかのような、落ち着き払った低い声が真後ろからかけられた。政宗は振り向かない。完全に無視を決め込んでいた。
そんな政宗の態度に男は気分を害するでもなく、腰に片手を当て、優雅とも言える動作でゆっくりと歩を進めていく。

男は松永久秀という。
戦国の梟雄と謳われ、己の欲望のままに諸国を渡り歩く松永が何故伊達軍にやってきたのか、その真相は政宗も知り得ぬところだった。彼が初めて政宗の前に姿を現したとき、堂々たる風体で「竜の宝が欲しいのだよ」と豪語していたが、ただそれだけだった。
竜の宝、それすなわち政宗の六爪を示しているのだろうが、わざと松永の前に刀を放置して席を立とうが掠め取りもしない。
松永が伊達軍にやってきて三月ほどは経つが、彼の心裡は未だに分からないままだ。傘下に加わったというよりは、楽しみを探すために奥州にいるだけなのだろう。他に興味が移れば、きっと簡単に伊達軍を切り捨てるに違いない。
それでもこうして戦にも加担してはくれるので、その時がくるまで大いに利用してやると、小十郎の反対を押し切って彼を傍に置いている。実際、松永の戦力は伊達軍に大きく貢献しているし、今のところ何の被害も被ってはいない。


「怪我はないかね?」

「………見りゃわかるだろ」

「ならば早く彼らの元に行きたまえ。卿の帰りをお待ちかねのようだよ」


彼ら、と口にした松永の眼下には、竹に雀の紋が描かれた蒼い旗を振り、歓声を上げる兵士たちの姿があった。
その言葉に、しかし政宗はふるふると左右に首を振った。それはさながら幼子が駄々を捏ねるような仕草だったが、いまさら竜の矜持だ何だと言っても仕方がない。政宗の中に渦巻いているものは、悲しみにも似た暗い感情だった。
…何かを守るためには、何かを犠牲にしなければならない。それは本当に正しいことなのだろうか。天下を平和に導くために人を殺めるなど、矛盾している気がしてならない。一度疑惑を覚えると、どうにも止まらなかった。
勝利を収め、純粋に歓喜の声を上げている伊達軍兵士たちは、国を守るため、そして己の家族を守るため、政宗の下で必死に戦ってくれた者たちだ。そんな彼らの前に、複雑極まりない心境のままで顔を出すのはとても失礼な気がして、どうしてもここから下りる気にはなれなかった。

松永は、一切口を開こうとしない政宗を叱るでもなく、無理矢理連れ出すでもなく、普段よりも一回り小さく見える政宗の背中をじっと見つめていた。


「空を見たまえ」

「……?」


ぱちん。
後ろの方で、指を鳴らす聞き慣れた音が響いた瞬間、日も暮れかけた薄闇の上空に大輪の華が咲いた。
ヒュー、ドン、パパパパ、と一つ目の花火が散って闇に溶け込んでいく寸前、今度は一斉に、いくつもの華が咲き並ぶ。
季節はずれのそれらを呆然と眺めた後、座り込んだまま思わず松永を振り向けば、普段と変わらぬ涼しげな顔が赤や青や黄に照らされていた。


「どうかね?勝鬨に色を添えるには御誂え向きの演出だと思うが。もっとも、派手好きな卿には物足りないだろうが、今回はどうにも火薬の量が足りなくてね……これで我慢してはくれまいか」

「It´s so beautiful…異論はねぇよ」

「それはそれは。お気に召していただけたようで何より」

「……」


思いがけず嬉しい不意打ちに遭い、下方は更に騒がしくなっていた。
多くの死が飛び交った戦場で些か不謹慎な気もしたが、奴らにはいい褒美だ、そう思うことにした。命を懸けたのだ。このくらい許してやらなければ。


「独眼竜、卿は若いが、その功績は賞賛に値すると思うがね。卿が腕の巡らぬ腑抜けた大将だったならば、伊達の兵らは路頭に迷い、遅かれ早かれその命を散らせていただろう。…この火華のように」

「HA, ……随分買い被ってくれてるけどな、俺よりアンタの方がよっぽど強ぇし、知恵も働きやがる」

「私はただ火薬を撒いているだけだよ」

「Ah…」


それも計算の内で行っているのだろうと問いかけて、そして言葉を失った。これは松永なりの慰めなのだと気付いたからだ。
政宗の横に腰を落とした松永は、そっと腕を伸ばして政宗の頭を引き寄せると、鼓膜に直接語りかけるように耳元で囁いた。


「おいで、政宗」

「……っ」


たったそれだけの短い言葉は、とても抗い難い引力を有していた。抵抗を奪われ、ずるずると引き寄せられるように、微かに震える背中を堪えて松永の膝に手をかけた。
それを手助けするように大きな手が腰に添えられて、ぐいと引かれる。力任せではなく、あくまで紳士的な手つきで抱き寄せられると、松永の膝の上に横抱き状態で座る形となった。政宗の形の良い臀部が、胡坐をかいた松永の足の間にすっぽりと納まってしまい、簡単には抜け出せない。
この男のことだ。意地っ張りで天邪鬼な政宗の性格を考慮して、自ら悪役を買ってでたのだろう。アンタのせいで動けない、と政宗が照れを隠し、尚且つ甘えられるように。


「粗野な言動とは裏腹に、卿は実に美しいな。こうしてみると、私の火薬などただの児戯に等しい」

「な、」


政宗と、上空を彩る華を見比べながら、松永は薄らと笑った。嘲るような色は一切なく、むしろ甘ささえ浮かべる様は、普段の松永と逸していた。
ごく当たり前のように唇を寄せられて、たまらず目を閉じ受け入れる。ちゅ、ちゅ、と啄ばむように何度も口付けられて、身体の芯から蕩けていく。


「…重い障害にもめげず、よくぞここまで登り詰めたものだ」

「あっ……ちょ、待っ……」

「何かね?」


刀の鍔で作られた眼帯を愛おしげに口付けながら、細腰に巻かれた帯を簡単に抜き取る松永に、さしもの政宗も抵抗した。まさかとは思うが、ここで抱こうというのか。
実は何度か松永と情を交わしたことはあるが、それは全て政宗の閨の中での出来事で、空を見上げながら致したことなどありはしない。
あまりにも唐突な展開に、込み上げる焦りを隠すことなどできるはずもなかった。


「んぅ……ん、ぁ……ヤメロ……ッ」

「遠慮なく声を出したまえ。この騒ぎに、この音だ。どうせ誰にも聞こえはしない……私以外には、ね」

「あ―――…」


視界が反転している今、真上では花火が次々と打ち上げられている。
打上げ師は指を鳴らしただけで、後のことなどお構いなしに如何わしい行為に耽っている。一体、この花火はどうやって仕掛けられているのだろうと考えたが、下腹に異物が進入してくるのを感じ、それもすぐに彼方へと葬り去られた。
揺さぶられ、甘い痛みに酔いしれながら甘やかに鳴き、滲む視界に映るそれを一つ二つと数えていく。
背徳の華は、いつまでも夜の黒を染め上げていった。










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宴のOPで、松永先生が盛大な花火を打ち上げていたので、こんな話を書きたくなりました(笑)。ちなみにこの時点で、人取橋事件はありません(^^;)仲間っぽい松永先生がいい。私の願望イエス。
松永先生の存在自体がエロスに感じられるので、微エロな感じになってしまいましたが…拍手でこれはギリギリかしら…
政宗さまを励ますためだけに打ち上げられた花火、ってことで!!←

宴…いいです宴……



2011.12.6



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