heal my mind(三政)

お前を死なせたくない。


言葉には出さずとも、震える腕を感じて。
鎧越しなのに、ひどく温かな胸に抱き留められて。

必死に藻掻く手を取り、この命を生かそうとしてくれる男の為に、俺は生きる道を選んだ。





【heal my mind】





豊臣に降った奥州は、その殆どの領地を没収されたものの、石田三成の働きかけによってどうにか奴隷地になることだけは免れた。
大まかに分けて、南の地を徳川家康が、北の地を石田三成が牽制・管轄することになったようだ。当初の担当は逆だったらしいが、それも石田が豊臣に掛け合っての決定事項だったという。
俺はというと、反乱因子にならないよう奥州から引き離され、今は石田の居城である佐和山城に幽閉されている……とは、体裁を保つための単なる飾り言葉に過ぎない。
石田は俺を牢に閉じ込めるどころか城内を好き勝手に移動させてくれるし、時々様子を見ては、検地のための遠征にも連れ出してくれる。奴の仕事は戦場でもさることながら、政治に於いても手際が良くて、文武両道とは正にこのことだと感心させられた。

今だって、文机に向かって小難しい顔をしている石田の横顔を眺めている。書斎には、俺と石田の二人だけ。難問でもあるのだろうか。腕を組み替えながら小さく唸っていたが、解決策を発見した途端、ほっとしたように軽くなった表情。
こうして見ていると、この男は意外にも感情豊かなのだと気付かされる。
奥州の件も真摯に請け負ってくれた石田は、豊臣に従順なだけの単なる操り人形でないことが分かった。感情を備え持っている、歴とした人間なのだということが。


俺が観察をしている間、碌に休息を取らず、約一刻は机に向かい続けた石田。だがさすがに疲れもピークに達したらしく、肩に手を置いて大きく腕を回し、コキコキと骨を鳴らし始めた。
政務の邪魔もできないため俺も暫く黙っていたが、同様にこっちもそろそろ限界だ。

“構って欲しい”と思えるくらいには、この凶王さんを信頼し、そして頼っている自分がいる。


「Hey, 石田。まだ終わんねーの?それ。俺暇なんだけど。相手しろよ」

「もうじき終わる」

「もうじきっていつだよ」

「終わらせるから、大人しくしていろ」

「ひーまー!超暇!今日こそ手合わせしようぜ!!身体が鈍っちまう!」


ならば一人で竹刀でも振り回してこい。とでも言われるのを覚悟で駄々を捏ねた。それはもう、子供顔負けの駄々捏ねだった。
筆を握っている方の袖を引きギャンギャン喚いていると、呆れたような溜息が返される。だが、予想とは裏腹に、優しげな手つきで頭を撫でられ思わず唖然としてしまった。


「全く仕方のない奴だ」


それは、他人から見ればいつも通りの仏頂面だったのかもしれない。だが俺には伝わってきた。石田が今、何を思い、どんな気持ちで俺に触れているのか。
あの時と同じなんだ。大坂城の牢で縛り上げられていた俺を説得し、落としかけたこの命を救い上げてくれた、あの温かさと。
別に体温がどうのという訳ではない。むしろ、どちらかと言えば石田は低体温だと思う。言いたいのは身体的なことではなくて、それは気持ちの問題。こうして触れられる度に伝わってくるのは、俺が心に負った傷を少しでも癒そうとしてくれている、さりげなくて不器用な優しさ。

奥州を取り戻すことを忘れたわけではない。諦めたわけでもない。
それでも、石田の手で治められているも同然なのだから、それはそれで悪くないと最近思えるようになった。この男に任せておけば、きっと全て上手くいく。心配は無用だと、今なら声を大にして言い張れる。


「少々根を詰め過ぎたな。身体が固まってしまった」

「だから言ってんだろ?手合わせしようぜ、って」

「いや、それはお前の傷が完治してからだ」

「またそれかよ、つまんねーの」


確かに、身体の傷は完全に癒えてはいないが、軽い手合わせくらいならばこなせるだろう。…多分。
曖昧なのは、満身創痍の状態でこの城に連れて来られて以来、未だに一度も石田と手合わせをしたことがないからだ。俺の身体を気遣ってか、いつもこの申し出は却下されていた。

今日も今日とてやはり断られ落胆したが、しかし石田の言葉はそこで終わりではなかった。


「何もすることねーなぁ…どうすんだよ」

「そうだな……ならば、城下にでも行くか」

「城下?」


治療のためと、検地以外では城に引き篭っていたこともあり、それはとても魅力的な提案だ。
鸚鵡返しと共に身を乗り出すと、石田が微かに口元を緩めた。


「舶来品を取り扱う商店が新しくできたらしいが。どうする?」

「Really?!そこ行きてぇ!」

「ならば軽く変装をしておけ。その厳つい眼帯は、布物に替えておくことだな」

「OK!」


善は急げとばかりに大谷へ一言据え置くと、二人で城下に赴いた。色々な物を見て、人々が行き交う風景を眺めながら石田と歩く道のりは、以前からは信じられない程に穏やかなもの。
こうして少しずつ、でも確実に。俺の心は満たされ、そして癒されていく。


俺は今、とても幸せだ。







----------


幸せ三政を書いていると、私自身泣くほど嬉しくなります( ^ ^ )
原作では二人とも地獄のような苦しみを味わっているわけで、その反動で、どっちも幸せにしてあげたくなるんです。
傷の舐め合いとかじゃなくて、本当に好き合ってるんだよ。と、言いたいのですvv



2011.2.27


あきゅろす。
無料HPエムペ!