Al cuore non si comanda.(三政)





【Al cuore non si comanda.】





奥州が豊臣軍に落とされ、数日が経つ。民は皆捕虜となり、男は奴隷のような扱いを受け、女は兵の慰みものになった。
子供たちは全て城に集められ、将来有能な兵となるため毎日厳しい訓練を強いられている。
まさに地獄絵図だ。それもこれも、全ては俺の責任なんだ。奥州を、民を守れなかった俺の所為。
悔しかった。自分の築き上げた大事なものが奪われていくのを、ただ見ていることしか出来ないなんて。

奥州筆頭として先陣を切った俺は埃臭い牢に閉じ込められ、縄で吊るし上げられて。
まるで何かの物語でも語り聞かせてくるかのような口ぶりの竹中半兵衛に、侵食されていく自国の状況を散々聞かされている。
死んでしまいたいと思った。何もかも捨てて、もう楽になりたいと、何度舌を噛もうとしたことか。
猿轡は、ない。死のうと思えばいつでも死ねる。だが、それはできなかった。
国のために?民のために?
違う。俺はきっと、本当のところ自分の命が惜しいだけだ。死ぬのが怖いだけだ。

地面に爪先が少し掠る程度の状態で、長い時間天井から吊るされている両腕は、動く度に手首に食い込む縄と力の入らない身体の重みで完全に痺れている。
藻掻いても藻掻いてもギシギシと縄が呻くばかりで、己の無力さを知るのみ。だが、それも今更だ。今更知っても、遅かった。
襲い来る豊臣軍に、始めから無駄な抵抗などしなければ。或いは民だけでも救えたのだろうか。


「ちくしょう…っ…」

「泣いているのか」

「……、石田、」


いつのまにやって来たのか、目の前には銀と紫のよく似合う男が格子越しに立っていた。
忘れもしない。この俺をぶっ飛ばしてくれた張本人、石田三成。だが、もう怒鳴る気力も暴れる力も残ってはいない。
そんな俺を嘲笑いに来たのかと思いきや、石田はじっとこちらを見つめたまま、何も言わなかった。
鋭い視線だけが、心の臓を射抜くように向けられている。だが、先の戦の時のように、冷たさを湛えた眸ではない気がした。あくまで「気がしただけ」だが。


カシン。


格子にかかる鍵が、徐に開けられた。開け放たれた扉から、銀の男が牢へ踏み入ってくる。
そして何故か頬を撫でてくる手に思わず目を瞑り、目元で弾けた水滴。そこでようやく、自分の頬が濡れていることに気付いた。


「泣くな」

「泣いてなんか…ねぇ」

「…秀吉様に降伏しろ。今すぐに」

「な、」

「降伏しない場合、貴様は三日後に公開処刑される。奥州の者らへの見せしめだ、と」

「……」


降伏。公開処刑。頭の中で渦巻く言葉に眩暈を覚えた。もちろん、吊るされている身なので、よろける心配など微塵もないのだが。
何が国のためになるのか、何がベストなのか。考えて判断するだけの思考も感覚も麻痺していた。
この男がわざわざこんな薄汚いところに足を向け、あまつさえ俺に情報を寄越すことが更に拍車をかける。
混乱の極みだ。自分自身どうすればいいのか分からないというのに、石田が何を考えているのかも分からない。

ぐらぐらと揺らぐ視界の端を、一瞬だけ細い閃光が駆けた。
石田お得意の居合い抜きだと気付いた刹那、一閃した太刀筋に縄が分断され、支えを失った身体が重力に従って落ちていく。だが、砂で羽織が汚れることなく石田の腕へと収まっていた。
俺の脚に力が入らないことを悟ったらしい石田は、気を遣ってくれたかどうかは定かではないが、抱えた俺の身体をその場にそっと下ろし、自身も片膝を付いて俺と視線を合わせてくる。


「何度も言わせるな。降伏しろ。貴様にはそれしか術はない」

「…っ、できるわけ、ねぇだろ…!」

「それでも、しろ」

「嫌だ!」

「言うことを聞け!」

「うるせえ…!」


まるで駄々を捏ねる子供のように、嫌だ嫌だと首を振り続けた。
肩を揺さぶってくる手を弾いたつもりが、今だ痺れた腕では思うように力が入らず、振り解くことも叶わない。


「頼む……降伏してくれ……」


強大な権力に屈することだけはするまいと、なけなしの矜持に誓ったはずの心は、切なく零れ落ちる声に打ち震えた。
肩口に顔を寄せる形で抱き締められて。空虚になりかけていた胸中に、何かが満たされていく。

いっそこの男に身を任せてしまえたらどんなに楽だろうと、ぼんやりと牢の天井を見上げていた。








(心までは命令できない)



(なのに何故、こんなにも俺の心は揺らいでいるのだろう)










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Al cuore non si comanda.
イタリアの諺で、「心までは命令できない」。
自分の意思や他人の言葉では、この心は抑えられない、ということを、主に恋愛感情をさして言うらしいです。
今回の三政は、恋愛感情かどうか微妙なところですが。。。

豊臣軍には屈しないと決めていたのに、三成の「お前を死なせたくない」という裏のメッセージに気付いて、揺らぐ政宗さまが書きたかっただけですよ(^^)


お題:ひよこ屋様


2011.1.21


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