君の抑止力になるために(三政)
復讐心に取り憑かれ、時々周りが見えなくなる君へ。
【君の抑止力になるために】
家康、と呟いて鋭く睨み付ける様は、正に復讐の鬼と相違なかった。
今にも何かに食らいつき、そのまま獲物の息の根を止めてしまいそうなオーラを放たれると、ひどく不安になる。
相手を壊すだけじゃなく、いつか自分の身を滅ぼしてしまいそうな雰囲気は、端から見ている俺の心臓すら押し潰しそうだった。
「三成、少し寝ておかねぇと…明日、身体に障るぜ?」
「そんな暇などない。貴様は先に寝ていろ」
「…三成…」
三成はそれ以上語らず、再び陣営の確認を始めてしまった。
来たる東軍との決戦に備え、少しでも休んでおいた方がいいんじゃないかという俺の意見は、あっさりと却下されてしまった。
本当に、三成は生きているのが不思議なくらい、自分に優しくない。飯は食べないし、今みたいに、普段から全く眠ろうともしない。
優しい厳しいの問題以前に、人間にとって欠かせない生への欲求が三成には無きに等しいのだ。
唯一その心に根付いているのは家康への、痛烈なまでの殺意のみ。
始め東軍につく予定だった俺が、家康の手を振り解いてまで西軍についた理由はそこだった。
ただ、こいつの傍にいて、こいつを支えてやりたいと、そう思ったからで。
いつも見ていて痛々しかった。そこまでして何になる?
家康を殺したって、豊臣秀吉は還ってきやしないのに。
だが三成は、留まることも躊躇うこともせず、遂に日の本全土を挙げての戦にまで持ち込んでしまった。
きっと多くの犠牲が出るだろう。
悲しみに満ちた世界が訪れるに違いない。
だけど俺は日の本の平和……多くの人間の命より、石田三成という世界でたった一人しかいない人間の幸せを望んだ。
「…なぁ、俺は裏切ったりしねぇからな。安心してくれていいんだぜ?」
「何だいきなり。当然だろう。貴様が裏切るなど考えたこともない」
「へぇ。随分信用されてんのな。嬉しいぜ」
本気を伝えようとしても、かえって演技がかってウソくさい。かといって、ふざけた調子も憚られる。
だから俺は、何でもない日常の会話の一部みたいなノリで、自分の気持ちを伝えた。
「政宗」
布陣を描いた日の本の地図を見据えたまま背を向けていた三成が、ようやく俺を見た。
真っ直ぐに見詰めてくるその双眸は、普段、常に怒りと憎しみを湛えている。
それでも、こうして俺と話しているときだけは、ほんの少しだけその澱みがクリアになっている気がした。
単なる自惚れだとはわかっているけれど。
「少し前の私ならば、なりふり構わず突き進んだだろうが…」
「ん、」
「私には、家康への復讐以上に優先したいことがある」
「ん、」
「政宗、お前を守ることだ」
「...Thanks. そりゃどうも」
面と向かって告げられるのは、初めての言葉。
守りたいものなど、実のところ邪魔になるだけの代物かもしれないが、それが逆に三成自身を守ることでもあるからと、ようやく胸を撫で下ろした。
三成が俺より先に死んでしまえば、俺を守る者がいなくなる。
それが故に、三成は俺より先に死ねない。
つまり、西軍における俺の存在意義は、怒りに支配された三成の暴走を食い止める、いわば抑止力にまでのし上がったということだ。
だからこそ今の俺の役目は、三成に僅かでも休息をとらせること。
緩めすぎもよくないが、張り詰めすぎても糸が途中で切れかねない。
本陣を立てたところは程よく草が生い茂っており、寝そべるには調度いい自然の布団になる。
俺はその場に腰を下ろし膝を折って正座すると、三成の羽織を軽く引っ張った。
太股を軽く叩きながら、言外に「ここに寝ろ」と伝えると、三成は少し驚いた様子で俺を見下ろした。
「…いいのか」
「構わねぇよ。まあ、寝心地は悪いだろうけど我慢してくれ」
「関係ない。お前だからこそ意味がある」
「そっか。んじゃ、come on.」
刀を地図の傍に置いた三成は、腰を下ろすとそのまま俺の膝に頭を乗せ、完全に寝る体勢に入った。
さらさらとした銀糸を撫でてやると、瞼が次第に落ちていく。
意識が落ちる寸前だったのだろうか。頬をひと撫でされたのを最後に、三成は小さな寝息を立てはじめた。
その安らかな寝顔に俺は、いつまでも抑止力で在り続けたいと願った。
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ただ単に、膝枕する三政が書きたかっただけなんです(笑)
最近は、もう普通に西軍な政宗さまを書くのが楽しくて仕方ありませぬ!
無理矢理系もいいけれど、自ら西軍入りを表明する政宗さまに激しく萌えますV
お題:rim様
2010.11.16
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