魔石[小説]
月下黒陽歌
月下黒陽歌
仲間が寝静まった頃。
アーロンとカナタは微かな月明かりの下で、ひっそりと会話をする。野営の番は風も無く静かだから小声でも聞こえた。
「カナタって、愚痴とか言わないな」
アーロンは思い立ったかの様に言った。薄暗く見えたカナタの顔は笑っているようだった。
「嫌いな奴が余り居ないからな」
「好きな奴は?」
「みんな好きv」
「女好きの最低条件だな」
呆れるような回答も、羨ましく思う。アーロンは苦笑した。
「良いよな〜お前は。
こっちは一族の後継がなきゃならねぇし、姉は人質に取られてるし…嫌いな奴居なくても不快が溜まる溜まる…」
「大分お疲れだのようで。苦労人も楽じゃないな」
「楽じゃないから苦労人だろうが。いいなぁ〜お前はストレスとか無さそうで」
冗談のつもりで、からかった。勿論返答も軽かった。
「無い訳無いだろ〜、でも大した事じゃねぇし。言うだけの気力も無ぇし」
「あ、有るんだ」
「有るさ。
でも俺は眼や耳が効かなくなった事も無いし、死にそうな体な訳でも無い。戦争を体験してなければ、人質も取られたことも無い。
俺の愚痴はそれ≠フ足元にも及ばねぇ。ただの溜息だ」
カナタは言う。自分の手を見て、にぎりしめた。
「それに、俺が愚痴るとシアンが怒るんだよ」
シアンはカナタの相棒である。
普段の番は不眠のシアンがするのだが、7日に一晩だけ爆睡するのである。今日は気持ち良く寝ているようだった。
「何で怒る?」
「ウザイ!…だって。自分は言う癖に」
「確かにウザそうだ」
愚痴を零す滑稽なカナタが目に見えて可笑しくなった。
おそらく、シアンにはカナタが綺麗に見えるのだろう。自分の憧れた相手が、くだらない事で印象を壊されたくはない。
大望抱えた主人が、些細なな事で道を失うなど、臣は望むだろうか。
「怨みからは怨みしか生まれない…とか言うだろ?
愚痴からは愚痴しか生まれないなら、俺は言わない」
「立派な神経をお持ちのようで」
「神経なんて繊細なもん持ってねぇよ。単純なだけ」
一見、謙譲な台詞。カナタにとってそれが本音かは疑わしい。
「単純になる秘訣は?」
「十分に寝る・たらふく食う・全てに本気になる」
「三大要素かよ」
アーロンは鼻で笑う。カナタも笑ったようだった。
晴れ渡り、月明かりが眩しくなった。
白く光る一面で、カナタだけは黒く光った。
「番は俺がする。お疲れのアーロンは寝てくれや」
「じゃ、お言葉に甘えて」
アーロンは横たわり、静かに眼をつむった。
夜風と一緒に、彼の歌も聞こえてくる。
大望の彼方に見ゆる光は
必ずしも吾を照らせずんばあらず
緑は先を望むや
吾は光を疑う
何ぞ酷するや
吾望まずして
何為れぞ光照らせんや
哀れだと、アーロンは思った。
+・+・+・+・
歌に乗せて月との交流。
目指している夢の先に見える光は絶対に私を照らしてくれるとは限らない。
彼は私の夢を求めているが、私は自分自身の夢に自信が無くなって疑ってしまっている。
ああ、何て酷い話だろうか。
私が己の夢を素直に求めていないのに、どうしてその先の光が私を照らそうか。いや、照らしてくれる訳が無い。
〓登場人物〓
■アーロン(24歳♂)
└本名アッシュ・ブロンド・ロザリア。元貴族で一族の復興を目指す。敵に姉が人質に捕られている。
■カナタ(17歳♂)
└本名カディナル・アガット。自信家で夢追い人。無類の女好き。
□シアン(14歳♂)
└本名シアン・ジュゼルグ。カナタの下部。心からカナタを慕っている。
□マカリ(21歳♀)
└本名マラカイト・レリハーヴァ。腕の良い医者。メンバー唯一の戦争体験者。
□コーラル(16歳♀)
└本名コーラル・ソフィーネリア。活発な少女。視覚と聴覚を失った事がある。
□ダイゴ(12歳♂)
└本名インディゴ・テュアム。占いが得意な少年。体が弱く、長く生きられないと医者に言われた。
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