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影法師(高銀)

*高誕記念


夕日の綺麗な場所だった。
ここは一体何処なのだろう。見慣れない物が視界を埋め尽くす。ただ名前だけは知っていて、「机」と「椅子」。そして、ここが「教室」だということは分かった。
小さな声々が背中の方から聞こえ、振り返れば目を刺すような夕日。酷く懐かしい。夕日をまともに見た記憶はずっとずっと遠くに行ってしまったような気がする。声の正体は分からない。あまりにも小さい声だから今は無視することにした。
「窓」に触れる。冷たいガラスの感触がした。外は鮮明に見えるのに、触れることは叶わない。このガラスを割ってしまわない限り、全てをガラスが阻んでしまう。ガラスの音は悲しいから、割ろうとは思えなかった。
「高杉」
ガラスに自分と、そしてもう一人の姿が映る。よく見知った顔だ。
「…銀時?」
どうしてこんなにも動揺しているのだろう。情けない。かつての幼馴染がそこにいるだけだというのに。
「おかえり」
その言葉は夕日のように眩しすぎる響きを放った。脳を揺さぶる衝撃。何か気付いてはものがそこにあるようで。
「今日はこんなにキレイな夕日が出てんだから、明日も天気よさそうだな」
あの頃と、何も変わらない。その姿も、声も、距離も。他愛もない話をして、喧嘩をして、助けて助けられて、笑い合って。幻想はどうしてこんなにも鮮明に映るのか。心の底から望んでしまえば容易く消えてしまうだろうに。
穏やかな笑みを浮かべながら饒舌に話す銀時の隣で、抜けた返事を返した。まともに耳に入れてしまえば後戻りが出来なくなってしまう。あてもなく彷徨ってきた過去の自分を殺すこととなるだろう。記憶に残らないように、夕日だけを睨みつけた。
「日が沈むなァ」
それを合図に夕日が逃げていく。次第に近付いてくる夜に、不思議と安心感を覚えた。その反面、今ここにいる自分が欠けていくような滑稽な心地だった。
「どうすんだ?まだここに残るか?それとも帰る?」
「てめェはどうすんだ」
銀時の赤い瞳は暗闇によく映えた。鈍い光を放って、心を突き刺すように問う。怖くなって反射的に聞き返してしまった。銀時は一度瞬きをすると、太陽がいた場所を見上げて答えた。
「俺はずっとここで待ってるさ。お前が帰ってくるのを待ってる」
探していたものが見つかったかもしれない。そんな淡い期待を抱いた。
帰らなければならない。
これは夢だ。捨ててきたつもりで捨てることの出来なかった願望だ。どうしてこれだけ残ってしまったのか。簡単なことだ。そのためにここまで来たのだから。
「俺ァ戻るさ。だが必ずここに帰ってくる」
また出会えるだろうか。まだ望んでも許されるだろうか。
バラバラになってしまった欠片は元通りにはならないだろう。けれど少しぐらい足りなくたっていい。あの日常が少しでも戻ってくるのなら。
「銀時」
それは夢についた名。随分と脆くなってしまったが、そう易々と壊れはしない。
「高杉」
アイツもまたそうであったらいい。


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