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応報(高威)
「出掛けるぞ」
高杉が神威の部屋に現れて開口一番に言ったのがそれだった。
一体どういう風の吹き回しだろう。出掛けることはよくあるが、高杉が神威だけを連れることはまずない。彼の部下たちが神威を危険視しているからだ。ということは高杉は部下にこのことを知らせてないということだろうか。ますます意味がわからない。
神威はぐるりと思案すると、浮かんだ疑問を表に出すことなく二つ返事で誘いに乗った。理由はどうあれこれは楽しみだ。あの総督と二人きりになれるなんて。
高杉は表情一つ変えずに踵を返し、歩き出す。神威はその後を追った。

どこへ行くかと思えば、店の立ち並ぶ商店街であった。こんな目立つ場所を彼が好むはずもないのに神威の先をどんどん進んでいく。行先ぐらい伝えて欲しいものだ。
神威はむず痒くなって、高杉の着物の袂を掴む。上質な素材の僅かな振動を感じ、高杉はようやく足を止めた。
「なんだ」
「こっちのセリフだよ。どこに行きたいの?俺なんか連れてきちゃって」
「テメェが来ねェとどうしようもねえからなァ」
「何のこと?あんまり焦らすとその腕潰すよ?」
神威の笑顔の脅しにも物怖じすることなく高杉は笑った。神威から一度視線を外し、近くにあった中華料理の出店の店員に声をかける。チャリンと小銭の小気味いい音が聞こえたと思えば、食欲をそそる匂いを漂わせる紙袋が放られてきた。
「とりあえずそれでいいか?生憎アンタの好みは分からねェ」
紙袋の中には十個ほど中華まんが入っていた。匂いの誘惑に負け、神威は一つ頬張る。何の変哲もない、ただの肉まんだ。
「なにこれ」
「肉まんじゃねーか」
「そうじゃなくてサ」
「フン、素直に喜んどきゃいいんだよテメェは」
高杉は再び歩き始めてしまう。一歩、二歩。決して大きな歩幅で歩いているわけではないが、二人の距離は徐々に開いていった。神威はまだ一歩たりとも進んでいない。
「知りてェか?」
「イラッとするね、その言い方」
高杉は来た道を引き返し、神威の元に歩み寄る。相変わらず何を潜ませているのか分からない目をしている。
「今日はテメェにとってそういう日だ。わかったか?」
有無を言わさぬその言い方に神威は閉口する。
「世の中にはなァ、一日だけ大事にされる日があんだよ」
それは神威の横をすり抜け、どこか別の所へと向かった言葉のように聞こえたが、神威は納得したふりをした。どうやらまた人形代わりにされているらしい。
「へえ、面白そうだネ」
満足気に歩く高杉の後ろを、犬のように神威がついて行く。
報われないいたちごっこだ。


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あきゅろす。
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