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梃子(高銀)
春が訪れる少し前のことだ。日中はだいぶ暖かくなったと言えど、日が沈めば冷え込む。薄着で外を出歩けば、たちまち風邪を引くことだと思われた。
猫の声がした。まだ大人になりきっていない、幼さの残る声だった。人気のない道にみゃおみゃおという情けない声が風に流されながら聞こえてくる。きっと野良猫だろう。その辺のごみを拾ったり、ガキが憐れんでくれた飯で生を繋ぎ止めているに違いない。食べるものが見つからなければプツリと息絶えてしまうのだ。
「どこにいるんだろうな」
猫のことだろう。高杉の数歩後ろを余所見しながら歩く銀時が呟く。高杉は適当に流した。
早く帰りたかった。乱雑な街灯の間を歩くのは心地悪かった。一本蝋燭に火を灯して、部屋の隅っこに置いておくぐらいでいい。それぐらいの明るさを高杉は好んだ。夜もだいぶ深い。人間というものは不思議なことに夜になると家が恋しくなる。外敵がいるというわけではないが、本能的にそう思うのだろう。
銀時の足音が止んだ。銀時も乳臭いガキというわけではない。高杉は知らぬふりをしようとしたが、やはり駄目だった。どうも自分は銀時に甘い。いくら腹が立とうと、銀時の顔を見るとすッと消えてしまうのだ。我ながら馬鹿馬鹿しいのは承知の上である。
「銀」
高杉の表情が凍った。
銀時が膝をついて猫の背を撫でていた。猫は先ほどの声の主だろう。その猫の眼前に母親と思われる猫が倒れていたのだ。銀時はそれに触れると手を一瞬強張らせ、そして一際優しい手つきで親猫の体を撫でた。
「冷てェな」
すっかり硬直してしまった猫の体を銀時が手繰り寄せる。折れてしまわないように抱き上げ、体温を分けるかのように身を寄せた。
「なァ、高杉」
ああ、やはり銀時には甘い。高杉は銀時の足もとに擦り寄る猫の首根を掴むと、自分の腕の中に入れた。
「あったけェ」
温度を確かめるように首元に指を入れ、皮膚を擦る。
「あったけェよ、銀時」
高杉は再び猫の首根を掴むと、銀時の目の前に差し出した。猫が身をよじって逃げようとする。ばたばたと四肢をばたつかせて、畜生らしく足掻く。銀時は親猫を木の影に横たえた。光の届かない場所はさぞかし居心地のいいことだろう。猫が高杉の手から離れ、親猫に駆け寄るのを銀時がそっと宥める。
「悪ィな。仕舞ェだ」
高杉は顔を背けたいのをじっと耐えた。また銀時は背負うのだ。自分が背負い切れずに捨ててきたものを此奴は掻き集めて必死に乗せる。危うい均衡を保ったままふらつきながらも上へ上へ積み重なっていく。
猫が親猫の前を去ると、高杉は踵を返した。後ろから聞こえる足音にそっと安堵を感じながら、不細工な灯りに照らされる。


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あきゅろす。
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