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椿は眠りについた(高銀)
時の流れというものは本当にあっけない。ほんの少し前まで戦場で背中を合わせていた仲間が気が付いたら離れ、そして刀を向け合っていたはずが隣に座るところまで深入りしていた。それは過去がどんどんと押しやられているからで、なくなったわけではない。しかし、現在と過去は別なのだ。どんな過去があっても、奇想天外な現在の中にいることがある。たとえば、今のように。
「おい、銀時。いつまで待たせる気だコラ」
「うっせー!ンなこと言うならテメェでやれ!」
「包丁握んなっつったのはテメェだろ」
ソファに凭れ掛かりながら、つまらないテレビ番組を見ることに飽きてしまった。他に時間を潰せるものはジャンプぐらいしかないらしい。いつも警戒しながら近づいてくる神楽がいればからかってやってやろうと思っていたのに今日はいなかった。
晩飯ぐらい自分のついでに作ってやると、台所に入っていった銀時はまだ現れない。正直飯なんて一回ぐらい抜いたところで高杉は困らないのだが、銀時は一日三食きっかり食べないと済まないというより空腹に耐えられない質だった。ちなみに高杉は料理が得意な方ではない。育ちのせいもあるが、立場上作らないとならないという状況になることがなかった。
「腹減ってんならそこのミカン食っていいから」
「いらねェ。なんか面白ェもんねぇのか?」
「面白ェもん?あー…」
やっと客間に現れた銀時を目で追う。銀時はそのまま自分の寝室に行ってしまった。何か漁る音がしたと思えば、ひょいと放物線を描いて雑誌のようなものが高杉の膝に落ちてきた。
「ど?俺のオススメ」
にやりと笑う銀時に、高杉は投げられたそれを物凄い勢いで投げ返した。雑誌の角が銀時の額に激突する。
「いってー…。オイ!俺のお気に入りを武器にすんじゃねーよ!」
「好みじゃねぇな」
高杉はさらに機嫌を損ねた様子で、銀時を一瞥すると台所に侵入した。
「つまみ食いすんじゃねーぞ?あと、変なモン入れんなよ」
赤くなった額をさすりながら念のために声をかけておく。返事はないが、多分大丈夫だろう。銀時は投げ返された雑誌――所謂エロ本をタンスの奥深くに突っ込んだ。
昔から高杉とは何かと趣味が合わない。高杉は甘味を好まないし、犬より猫派だった。だからか喧嘩の数は一番多かったと思う。お互いに相手の嗜好を理解しようとしない性格だったから余計にいがみ合った。それでも一緒に飯を食べることは嫌いではなかった。
銀時が台所に行くと高杉は冷蔵庫を物色していた。
「人ン家の冷蔵庫を開けんなってカアちゃんに言われなかったのかァ?」
「どこにあんだ?熱燗」
「はいはい、ちゃんとあっためといてやっから大人しくテレビ見てなさいって」
高杉は舌打ちを零すと渋々客間に戻っていった。

久しぶりに会ったからといえど交わす会話は少なく、食事中はほとんどテレビの音のみが耳に流れていた。無言は二人にとって居心地のよいものだ。余計なことを口走ってしまうから、無駄な喧嘩が起こってしまう。そのせいで言いたいことを伝える機会を何度も逃した。それに気づいたのはいつだったか。
「たかすぎ」
「あ?」
「たーかーすーぎー」
「…酔ってんのか?」
銀時が珍しく高杉の首に腕を回す。誤って落としてしまわないように、皿や猪口はテーブルの奥に寄せた。
「うー、つらっ…」
「相変わらず弱ェんだなァ」
「お前がザルなんだっつの…」
高杉の首元に鼻を近づける銀時を、高杉は特に気にした様子もなく更に酒を呷る。徳利に直接口をつけて飲むのは不本意であるが、銀時がかなり酔ってるいるようなので仕方なかった。
「もう寝ろ、馬鹿」
銀時の頭を嗜めるように撫でながら高杉が言う。銀時は一度首元から離れて高杉を見上げるが、再び首元に顔を埋め、首筋に咬みついた。確かめるように位置を変えては何度も咬む。加減をしているため痛みは感じないが、いっそ血が出るほどに咬んでくれた方が清々しいように高杉は思えた。
日付が変わったことを知らせるテレビの電源をリモコンで落とす。高杉はテーブルの隅に徳利を置くと、銀時の首根を掴み、引き離した。
「たかすぎ?」
唇が重なったと思えば、舌を引き出され吸い付かれる。次第に唾液が溢れていき、銀時の口元から零れていった。高杉は荒々しく口付けを交わしながらも、落ち着いた目つきで酩酊した赤い目を見る。どこか定まらない目をしているのはいつものことだ。ただ、獣のように鋭かったあの目はもうなりを潜めてしまった。今それを望むには時間が経ちすぎてしまった。喧嘩ばかりだったあの頃も、思い返せば嫌いではなかったのだ。
唇を離せば、名残惜しそうに銀の糸が引く。銀時は少し醒めてきたらしく、「きらい」と呟いた。
「俺も嫌いだ」
諍いがなくなったことは果たして正しかったのだろうか。隣にいる今より、背中を向け合って文句をたれていた時の方が近かったような気がしてならない。
眠りについた銀時の頭を撫で、高杉は姿を晦ました。


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