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臆病者の傘下(高威)

*高威




刻は暁。
まだ日は昇っておらず、皆が寝静まっている頃。神威は隣の部屋にある気配が動くのを感じて目を覚ました。
この時期の江戸は随分と冷える。時折雪が降るくらいだ。

寒さに身を震わせて、神威は再び寝付こうとしたが、聞き慣れた足音が響くのを聞いて、のそのそと布団から這い出た。傍にある上着を羽織り、音一つ立てずに足音のした方へと向かう。それに気付く者は誰もいなかった。



ニャーと鳴く声がした。

高杉は着流しの上に羽織りを着て、煙管を吸っていた。彼の足元では小さな子猫が纏わり付き、高杉を見上げては鳴いた。
神威はそれに、鳥肌が立つような嫌悪を覚えた。水と油のように上手く馴染めないと言うのに、何故あの猫は彼の元へ行くのだろう。


「お前、いつまでここにいるつもりだ?」

高杉の問いに猫は答えなかった。高杉の足に擦り寄り、尻尾をゆったりと揺らす。

「…それとも行き場がねェのか?」

嘲笑が込められたそれに、猫は喉を鳴らす。甘えてるわけではなく、ただ媚びているだけのように見えた。

神威は視線を外し、柱の陰に腰を下ろした。

刺すような寒さが酷く痛かった。いくら暖めても決して逃れることの出来ない冷気。人の温もりに溺れれば救われると、どこかで思っていたのかもしれない。



「ガキにしちゃあ随分早起きじゃねェか」

迂闊だった。
いつの間にこんな近くに来ていたのか。

神威はキッと声の主を睨みつけるが、主はくっくっと可笑しそうに笑うだけだった。その腕には先程の子猫が抱かれている。腹が立つくらいすんなりと。

神威の視線に気付いた高杉が目を細める。猫が高杉の羽織りに爪を立てるので、高杉は猫の首筋を掴んだ。

「…可愛くねぇ」

不思議とそこに不満の色は無かった。むしろどこか満足げである。神威は子供のように目を丸くした。

「…どうかしたか?」
「え、別に…」

猫はぶらんと力無く垂れている。高杉はちらりと猫と目を合わせて、神威の方にそれを放った。上手く神威の腹に落ちたものの、猫は毛を逆立てて走り去ってしまった。

高杉は喉を鳴らして笑った。

「何ビビってやがる」
「…っ…猫触ったことないんだよ」

――触れられるなんて思うはずもなく。

「世の中腐っちゃいるが、脆くはねェ。骨の一本ぐらい折ったところで死にやしないさ」


首を僅かに傾けて煙管を再び咥え、高杉は猫が走って行った方向へと歩き出した。



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