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薄桃色は廻る


「これは…」
「私の親戚が送ってきたものなんですよ」


ティナは自分の屋敷のメイドが持っていた物を見て口元を緩めた。


「一枝貰ってもいいかしら?」







薄桃色の何が視界の隅に舞ったのが見えた。


「?」
「こんにちはジャック。ギルバート君とヴィンセント君もお久しぶりね」


庭で食器をテーブルに置いていると近頃よく聞く知った声がして振り向く。予想通りそこには主人(マスター)の友人のティナ様が立っていた。今日は彼女を主人が自分の屋敷にお茶に誘っていたのだ。


「ようこそティナ。…おや?珍しい物を持っているね」


彼女を出迎えた主人はそれが余程珍しかったのか目を丸くした。


「ふふ、気付いた?私の屋敷のメイドに少しだけ譲って貰ったのよ。こちらではお目にかかれないでしょう?」
「図鑑で見たことはあるが私も本物は初めて見たなぁ」
「そう思って持ってきたのよ」


彼女の手にあったのは一本の小さな木。しかしその木には他の木とは異なる点があった。不思議そうにしているのが分かったのか主人がティナ様から木を預かってこちらを向いた。


「これはね、とある国の木で“サクラ”というんだよ。春に淡い桃色の花をつけるんだ」


主人はテーブルから少し離れた所に桃色の花がついたサクラの木を置いてティナと共にイスに座った。それを見届けてから二人に紅茶を入れる。二人はその紅茶を美味しいと言って飲んでくれた。その間もサクラが気になりチラリと見る。


「気に入った?」
「!!…はい。とても綺麗なので」


紅茶を飲みながらニコニコと笑うティナ様に照れくさくなった丁度その時、緩い風が吹いた。


「あっ…」


隣にいたヴィンセントが思わず声を出す。それもその筈、綺麗に咲いていたサクラの花が風に数枚舞って散ってしまったのだ。残念そうに見つめているとティナ様がティーカップを置いた音が聞こえた。


「…サクラはとても簡単に散ってしまうわ。散る光景を悲しいと感じる人もいれば愛しいと感じる人もいる。それは人それぞれね」
「ティナ様…?」


目を閉じて話すティナ様の周りに先程散ったサクラが風に舞う。


「でも花が散ってしまっても、そのあとには必ず何かを残してくれる」


しばらくしてその花びら達はどこかへ消えた。


「だからこそ綺麗なのよ」


主人は微笑みながら彼女の話を聞いていた。彼女の話は今の自分達には少しだけ難しかったけれどなんとなく分かる事もあった。主人がイスから立ち上がってゆっくりと微笑むティナ様の手を取る。


「ティナ、少し庭を散歩しないかい?歩きながらこの間作っていた歌を聴かせて欲しいんだ」
「…喜んで」


立ち上がったティナ様は風に揺れるサクラを見つめた。


「サクラはね、花が散ったら忘れられてしまうわ。…けれどそれでいいの」


そう言って二人は庭を歩いて行った。


「…どういう意味なんだろう」
「……」


僕等にまだその意味は分からなかった。








「『忘れてもいい。春が来る頃にまたサクラが思い出させてくれるから』」
「ジャック…」
「あの子達には難しい話だったかもしれないね」
「ごめんなさい。つい、ね」


歩きながらティナは笑う。構わない、とジャックは答えた。春の暖かな風が二人を優しく包んだ。


「サクラは時を廻る(メグル)わ。またいつか綺麗な花を咲かせる為に」
「…そうだね」


そしてジャックとティナは互いの手を少しだけ強く握った。
春は別れと出会いが交錯する。寂しくて悲しい、優しくて嬉しいそんな季節。廻って廻って何度だって春は来るから。


「歌を聴かせてくれるかい?」
「ええ。――…」


吸い込んだ春の空気は澄んだ歌声を世界に運んで響かせた。




(廻ってまた、貴方に会いに行くから)








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