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小説 3
Only・8
「阿部ぇ、お前最近、評判ワリーぞ。さくらやってんのバレてんじゃねーか」
 オレを胸に抱いたまま、島崎さんが大声で言った。
「だからいつも、適当に数人つまめって言ってんだろ。さくらの女でもいーからさぁ」
 阿部君は答えない。
 ソファ席にドカッと座ったのが、島崎さん越しにちらっと見えた。
「今更マジメにしたって、遊んでたのは事実だし、消しようがねーっての」
 島崎さんの言葉に、「分かってますよ」ってぼそっと応えるのが聞こえた。

「阿部、何かあったの?」
 からかうように訊きながら、島崎さんの後輩がバーカウンターの中に入った。
 それに、ぷくくっと笑いながら答えたのは、島崎さんだ。
「本命と切れたんだってよ」
 その言葉には、ドキッとした。

 本命!? 阿部君に本命なんていたの、か!?
 もうオレには関係ない事だけど、でもやっぱ、ショックだ。
 阿部君は――たくさん「遊び相手」がいて、誰にでも平等で、誰にも愛を囁かないし、誰も家に呼ばないし、誰とも朝を迎えない。
 そういう噂は散々聞いたし、阿部君本人もそう言ってた、のに。ホントのホントには本命がいた、の?
 ショックで足元がふらついて、目の前の誰かのシャツに縋る。
 島崎さんがそれに気付いて、肩をぐっと支えてくれた。その胸元から、また強く香水が匂って混乱する。
 これは忘れもしない、あのおしまいの日の晩、散々嗅がされたニオイだ。べろべろに酔った阿部君に、しみついてた誰かの残り香。
 誰かって、島崎さん? そういえばあの時、島崎さんに阿部君、ずっと抱えられて立ってた、けど。
 ……意味深な移り香じゃなかったの、か?

 何がホントかウソか、分かんない。胸が痛い。
「お前、本命の子に本命だって、言ってなかったんだろ?」
 島崎さんの後輩が、カウンターの中から言った。
「つーかさ、とっくに女遊び辞めてたってことも、言ってなかったんだろ? そんなだから、トモダチなくすんだよ」
 島崎さんがそう言った後、「なあ?」とオレに囁いた。
 ビクッと肩を揺らしてキョドると、楽しそうにくくっと笑われる。
 トモダチってオレのこと? 本命って誰のこと?
 とっくに遊ぶのを辞めてた、って。それは一体いつのこと? オレと終わりになる前? なった後?
 訊きたいのに訊けなくて、問いただす資格もなくて、オレたちはもうトモダチでもないから、どうすればいいのか分かんない。
 阿部君は何も反論しないまま、ちっ、と1つ舌打ちをした。

「逃げた本命なんかよりさー、もっとトモダチ大事にしたら?」
 そう言ったのは、島崎さんの後輩だ。バーカウンターの中で作られたお酒が、カウンターの上にコトンと置かれる。
 阿部君がそれを、むくっと立ち上がって取りに行ったのが、島崎さん越しに分かった。
 どんな顔してるのか、ここからは見えない。
 けど見つかるのも今更怖くて、オレは、島崎さんの陰に隠れるしかできなかった。

 その内、バーの入り口のドアが開いて、女の子が数人入って来た。
「こんばんはー」
「あー、阿部君また飲んでるー」
 って、甲高い声で騒ぎながら、遠慮なく阿部君を取り囲む。
 彼の腕や背中に、細い手が伸ばされるのを見せられて、カッとしてモヤッとして、目を逸らした。
 そう言えばここって、乱交パーティ会場だよ、ね?
 オレ、阿部君を守りたいっていうので頭がいっぱいで、考えてなかった。ここで今から、「みんなで楽しく気持ちよくなる」んだ。
 阿部君も、なるんだ。オレ以外の誰かと。――そう思うと、ゾッとした。

 あっ、でも、阿部君は「さくら」で「客寄せ」なんだから、今日は関係ないの、かな?
 それとも島崎さんに言われたとおり、2、3人つまんだりするのかな?
 考えただけで気持ち悪くて、ぐっと吐き気が込み上げる。
 阿部君が女の子と、なんて、考えただけでもイヤなのに、もしかしてこのままここにいたら、目の前で見せられることになっちゃう、の?
 今はまだ誰もいない、広いお座敷の方をちらっと見る。
 全身の毛が逆立って、心臓の辺りがぎゅーっと痛む。
 どうしよう、オレ、そこまで考えてなかった。当たり前のことなのに、気付けなかった。なんてバカなんだろう。どうしよう?

 ぐるぐる考えてると、すぐ間近で「あれーっ」って女の子が言った。
「島崎さん、その子誰? ニューフェイス?」
 顔を覗き込まれて、慌ててうつむくと、島崎さんが庇うように、胸元に抱き寄せてくれた。
「これ? 可愛いでしょ、オレの新しいペット、みーくん」
 島崎さんの軽口に、「えーっ」と甲高い歓声が上がる。阿部君の横にいた子も集まって来て、「よろしくー」って肩を叩かれた。
 ビクッと顔を上げると阿部君がこっちを見てて、わわっと思って顔を伏せる。
 バースペースには他の男女も増えていて、いつの間にか20人くらいになっていた。
 みんな同年代に見えるけど、太ってる人、痩せてる人、背の高い人、低い人……とそれぞれ色々、だ。
 中でもやっぱり、阿部君と島崎さんだけが際立って格好良くて、モテるのも分かる気がした。

 と、その阿部君の声が聞こえた。
「島崎さん、そいつ、いつからいたんスか?」
 その声がちょっと怒ってるように響いて、ドキッとする。
 オレ、カツラ被ってる、し。声だって出してないし、目も合ってない、し、バレるハズない、よね?
「あー? みーくん? 最初からいたけど?」
 島崎さんが笑いながら、オレの頭をカツラ越しにぽんぽんと撫でた。
 けど、阿部君の剣呑な雰囲気は治まらない。
「最初から、って!?」
 鋭い声と共に、肩を掴んで振り向かされる。

「おま……っ」
 と、オレを見て阿部君が口を開いた。
 けど、それどころじゃなかった。
 その彼のすぐ後ろに――目の下に目立つホクロのある、見覚えのある男子が立っていた。

(続く)

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