小説 3 追憶のカウントダウン・12 その引っ越し先に行ってみようと思ったのは、三橋がいるような気がしたからだ。 誰にも邪魔されず、1人になれる空間。 オレに見つかりそうにねぇ場所。 そこで、静かに考えてーんじゃねーかと思う。これからどうするか。どうしたいのか。 勿論、家から出て真っ直ぐ向かったって訳じゃねぇ。他にも心当たりはあったし、まずは周辺を探してみた。 近くの公園、好きだったカフェ、図書館、バッティングセンター。ずっと前に一緒に食いに行った、レストランも、ラーメン屋も。 けどやっぱ、この街で行きそうな場所に三橋はいねぇ。 走り回ってる間にも、いねーだろうなって思いがどんどん強くなった。時間の無駄だ、と、直感で思う。三橋は――きっと、オレのいねぇ街にいる。 オレのニオイのしねぇ、オレとの思い出のねぇ街に。 考えてみりゃ三橋の働く職場にも、オレは出向いたことがなかった。 引っ越し業者から聞いた住所をネットで検索し、地図を見てから気付いたくらいだ。 土曜の午後でも少し込み合った電車。平日の朝晩にはどんくらいのラッシュになったんだろう? 三橋はずっと、何を思ってこの電車に乗ってたんかな? 地図で確認した最寄駅で降り、地図を頼りに足早に歩く。ネットの恩恵を存分に受けて、初めての街を迷いなく進む。 三橋の新居は、すぐ見つかった。 大小のビルの立ち並ぶオフィス街から、何本か路地を奥に入ったとこにある。 煤けた外装のこじんまりした3階建てアパートは、ホントに寝に帰るだけの場所って感じだ。 交通量も多そうだし、夜でも静かにならねーんじゃねーか? けど――大音量のTVの前で、ヒザを抱えてたのを思い出すと、なんとなく納得できる気がした。 1人きりの家で、しんとした空気の中ではもう、落ち着かねーのかも知んねぇ。 でも、だったら、一緒に住めばいいだろう。 もう寂しい想いはさせねぇって、何度だって誓うから。 2階の真ん中にあるらしい、三橋の部屋を目指して鉄階段を駆け上がる。足音がカンカン響いたけど、昼間だし、もう気にしちゃいられねぇ。 狭い廊下を大股で進むと、あちこちから覗かれてるような気配もしたけど、それも気にしていらんなかった。 三橋がホントにここにいるのか、早く確かめて安心したくて、頭ん中はそれだけだった。 「三橋!」 呼び鈴を鳴らし、ガンガンと戸を叩く。待ちきれなくてドアノブを引くと、鍵はかかっていなかった。 カチャッ、と迷いなくドアを開け、「三橋、いるのか?」と呼びかける。 返事はなかったけど、いるのはすぐ分かった。玄関に靴が置かれてた。 「三橋!」 戸を開け放したまま、靴を脱ぐのももどかしく、空室同然の中に踏み込む。 家具がないせいか、やけに広々としたフローリングの床の上に、三橋はごろんと丸くなってた。 寝てんのかと思ったけど、起きてたみてーだ。 「三橋、探したぞ」 横に立って見下ろすと、三橋はオレの方を見ねーまま、うつろな目をまばたいた。 「帰ろう」 手を差し出しても、小さく首を振るだけで、こっちを見ねぇ。 強引に腕を掴むとスゲー冷たくてゾッとした。 一体いつからここで、そんな風にしてたんだろう? 朝、オレが家を出てすぐこっちに来たのか? 「冷えてんじゃねーか」 怒鳴りたくなんのを必死に抑え、できるだけ穏やかな口調で言う。 三橋は何も答えねぇ。冷たい床の上に横たわり、丸くなって、ぼんやりと宙を見つめてる。 胸がキシッと痛くなる。 「三橋……!」 しゃがみ込んでぎゅっと抱き締めると、体中が冷たくなってた。温めてやりてぇと思う。オレが。 勝手な話かも知んねーけど。 「帰ろう、オレ達の家に!」 強く言うと、三橋は弱々しく首を振った。 けど、そんくらいで手放してやる気はもうねーし。連れて帰るしかねぇ。 「ほら、立て!」 オレはわざと、大声を出した。 戸が開けっぱなしなのも忘れてなかったし、壁が薄そうだとか、覗かれてそうだとか、そういうのも頭にあった。 その上で、言った。 「ポリネシアン・セックス、やるんだろ?」 大声出してやったから、さすがに三橋も、ぴくっとなった。 「ほら、帰ってヤルぞ。それとも、ここでヤルか? ベッドがねーとキツくね? つーか、まだカーテンもねーじゃねーか」 明け透けなことを大声で言うと、三橋の白い顔が赤く染まる。 それとも、開けっ放しの戸から覗かれてんのに、ようやく気付いたんだろうか? 「阿部、君、声……」 ぼそりと恨み言を言いながら、三橋がゆっくり体を起こした。 手を貸すフリをして唇を奪うと、覗いてる誰かが「ふわー」と言った。廊下のざわめきがヒドくなる。 男同士だ、ホモだ、と無遠慮に話す声が聞こえた。 三橋の耳にも入ったらしい。 「ひ、ヒドイ、よ、オレ、もうここ……」 盛大にどもりながら、三橋が口元を押さえた。ぽろっと泣かれて悪ぃなと思ったけど、わざとだし、謝るつもりはねぇ。 「もうここ、住めねーな」 意地悪く言うと、三橋の頬が歪んだ。 「あと、勝手にワリーけど、業者に電話して、引っ越しもキャンセルしといたから」 きっぱりと宣言してやると、三橋はゆるく首を振った。 「う、そ……」 呟くようにそう言って、首を振りながら泣き顔になる。でも、残念ながらハッタリじゃなかった。 自分から関係を壊しといて、冷たく「別れよう」って言っておいて、そのくせ逃げ道を塞ぐなんて我ながら勝手だなと思う。 けど。 見合いの話聞いて、ゾッとしちまったんだから仕方ねーだろう。 女なんかに渡したくねぇ。 「ごめんな」 オレは口先だけで謝って、白く冷たい頬を撫でた。 「でも好きなんだ。やり直したい。あの部屋から出て行かねーで欲しーんだ」 昨日から、同じコトばっか言ってる気がする。でも、他に言いようがねーんだから仕方ねーだろうと思う。 「ごめん」 もっかい謝ると、三橋が大きくわなないた。 ぼたぼたと涙が落ちるのを見ると、やっぱちょっと胸が痛む。けど、コレに関してはどんなに泣かれても引けなかった。 どうしても連れて帰りてぇ。 一度ギュッと抱き締めて、促して立たせ、羽織ってた上着を頭からかけてやる。 「……帰ろう」 これも何度目かのセリフで、やっぱ三橋の返事はなかったけど――肩を抱いたまま歩かせると、もう抵抗はされなかった。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |