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小説 3
ご奉仕します!・中編
 なんでコイツは出て行かねーんだろう?
 オレは無言で、プレッシャーをかけるように非難の目を向けたけど、鈍感な三橋には通じなかった。
 でも、そもそも三橋んちだし、「出て行け」とは言いにくい。
「……体、洗いてーんだけど」
 不機嫌そうな声で言ってやると、三橋は立ち去るどころか、さらに中に入って来る。
「あ、こ、これボディーソープ、ね」
 って。見りゃ分かるっつの。

「しゃ、シャンプーはこれ、で、コンディショナーはこれ……」
 三橋は律儀にあれこれ指差し、『お母さんの軽石』まで説明してから、にへらっと笑った。
 褒められんのを待ってるみてーな顔だ。
「あー……あんがとな、もういーぜ」
 適当に礼を言って、ザパッと湯から上がる。
 三橋の視線がちょっと気になるが、まあ男同士だし。じろじろ見んなよな、と心の中だけで言って、オレはシャワーの前に立った。
 と、すかさず三橋が後ろから言った。
「シャワーの使い、方、分かる?」

 そりゃー、うちのとちょっと仕様は違うが、よく見りゃ分かるし。
「あー、多分な」
 オレはまた適当に答えながら、湯温を調整してシャワーを浴びた。水音と共に少し熱めの湯が、勢いよく頭から降り注ぐ。
 けど、三橋が風呂の戸を開けっ放しでいるせいで、背中が寒ぃ。
「おい、戸ォ閉めろよ。寒ぃ」
 後ろも振り向かずにそう言うと、「あ、ご、ごめん」と三橋の声。間もなく、カタンと背後で物音がして、扉が閉められたんだと分かった。

 今更戸を閉めても、広い風呂場はすぐには暖まりそうになかったけど、それでもやっぱ開いてるよりはマシだ。
 出てってくれたのは良かったけど、三橋は……まだ脱衣所でうろついてんのかな? 両手を握り締めて、ちょっと猫背で、同じところをぐるぐる回ってるのを想像する。
「ったく……」
 苦笑してため息をついた、その時。

「な、何?」

 真後ろで声がして、思わず「うわっ」と飛び上がった。
 泡だらけの頭で振り向くと、扉の前には赤い顔の三橋。シャワーの湯が散ったんだろう、シャツがところどころ濡れている。
「何やってんだ、てめー!?」
 大声で訊くと、三橋はビクンと飛び跳ねて、ひどくドモリながら「だだだだだ、だって」と言った。だってもクソもねーっつの。
「せ、せ、背中流しま、す、か?」
 って。いらねーから!

「出てけ! 着替えて来い!」
 扉を指差して怒鳴ってやったら、三橋はピューッと、ものすごい勢いで出て行った。
 相変わらず逃げ足は速ぇ。
「ったく……」
 マジ、ワケワカンネー。チームメイトが風呂借りに来るのって、そんな浮つくくらいのイベントか?
 そっとガラス戸の向こうを見ると、まだうろついてる人影が見える。
 何やってんだか、ホント。

 けど、やがてしばらくすると、機械を操作してるみてーなピッピッという音がして来た。
 洗濯機か? さっきの濡れた服か、それとも部活の汚れモンでも洗うんだろうか?
 ――洗濯なんかしたコトねーな。
 三橋は意外に、色んなこと知ってるし、できるんだよな……。

 改めて感心してると、体を洗ってる最中に、扉越しに声を掛けられた。
「あ、の、お茶、いかがです、かー?」
 って。
 まあ、湯上りには水分補給も大事だし。
「あー、頼む」
 オレはそう答えて体を洗い終え、もっかいザブンと湯船につかった。
 元から、長風呂する方じゃねぇから、10も数えねー内に立ち上がる。
 けど――それとほぼ同時に。
 カタン。音を立てて、ガラス戸が開いた。

「なっ……」
 絶句して、慌てて湯船につかり直す。いや、男同士なんだから別にいーんだけど。
 何しに来たのかと思ったら、三橋はコップを盆に載せて、笑顔でオレに差し出して来た。
「お茶、どうぞ」
 って。バカか? それともコイツんちでは、風呂場でいつも茶を飲むのか?
「居間で飲むに決まってんだろー!」
 オレは叫んで、ガラス戸をバタンと乱暴に閉めた。閉めてから、出ようとしてたんだと思い出す。けど、さすがに今すぐ出て行くのも気まずい。
 仕方なくもっかい熱い湯船に入り直して、はあー、と深いため息をつく。
 風呂に入ってんのに、余計に疲れた。

 やっぱ来るんじゃなかった。
 いや、やっぱ、風呂が壊れたとかそんな事、部室でうっかり言うんじゃなかった。

「ご、ご、ごめんね、オレ……」
 三橋が、ガラス戸越しにおどおどと言った。
「オレ、ご、ご奉仕、したく、て」
 って。
 ああ、まあ、その心意気は有難ぇーけどな。
 三橋が不器用なのは元からだし。頑張り過ぎて空回りすんのも、まあコイツらしいっちゃらしいと言える。

「別に怒ってねーよ」
 オレは1つ深呼吸して、怒鳴らねーよう気を付けて言った。
「だから、居間で待ってろ」

 三橋の「うんっ」っつーいい声を聞き、向こうに人影がねーのを確認してから、ようやく長い風呂を出る。
 涼しい脱衣所で、もっかい大きくため息をつきながら、さっき脱いだ服を着ようとしたオレは――。
「あれ?」

 イヤな予感に、眉をひそめた。

(続く)

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