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小説 3
ガーディアン・12 (完結)
 阿部は、三橋の抵抗にちょっと眉をひそめたが、それでも無理強いはしなかった。
「じゃあ、外で話そうぜ。何か食ってくか?」
 三橋はまた小さく首を振ったが、阿部は「それじゃ店に悪ぃだろ」とポンと頭を撫でて、ドリンクストッカーの方に行った。

 のろのろと後ろをついて行くと、阿部が訊いた。
「ポカリとアクエリ、どっちが好き?」
「あ、いい、いらない」
 うつむいて応えると、ゴン、と額を小突かれた。
「答えになってねぇだろ! どっちが好き?」

「アク、エリ」
 痛む額を両手で押さえながら言うと、阿部がにかっと笑って、「オレも」と言った。
 うわ、一緒だ、と思った。たかがジュース1本のことなのに。でも、少し胸が温かくなった。

「ほら、オゴリな」
 レジでお金を払った阿部は、レジ袋を断って、1本を片手に、1本を三橋に差し出しながら外に出た。
 ゴミ箱の横で、立ったまま2人、スポーツドリンクをごくごく飲む。
 三橋がぷはっと息をして、口元をぐいっと拭った時、阿部が穏やかに訊いた。

「何か、言いたいことあんだろ?」

 あ、顔が遠いな、と一瞬思った。
 腕1本分の距離を開けて、端正な顔が目の前にある。近過ぎるのは困るけど、いきなり距離を取られるのも寂しい。
 その寂しさを知られないように、三橋はパッとうつむいて、さっき感じたことを言った。
「ケーサツ、とか、呼ばなかった、ね」
「必要ねーだろ」
 阿部は短くそう言って、飲み干したペットボトルをゴミ箱に入れた。

 三橋が黙ってると、阿部は小さくため息をついて、苦笑しながら一歩近付く。三橋はちょっとドキッとして、慌てて目を逸らした。
 ぽん、と阿部の手のひらが、頭に軽く乗せられる。
「あいつにとっても学校にとっても、騒ぎになってイイコトねーぞ。警察だけが正義じゃねーし、正義だけが正しいってコトもねぇ」
 分かるか、と顔をのぞかれて、三橋はうつむくようにうなずいた。

 大人だなぁ、と思った。
 プロで、大人で……自分とは違う。

「じゃあ、早く帰ろうぜ。あいつの話を聞いてもいいし、聞きたくねーなら聞かなきゃいい。キャッチボールなら付き合ってやるからさ」
 な、と促されればうなずくしかできない。三橋は目を逸らしたまま、残りのアクエリをぐっとあおった。


 家に帰ると、玄関には見慣れない靴がたくさんあった。
 瑠里が落ち着かない様子で玄関まで出迎えて、何か知ってるかと三橋に訊いた。
 どうやら、元生徒会長の親だけでなく、校長や教頭まで来てるらしい。
 夕飯を食べていると祖父が来て、万引きの事を訊かれた。訊かれたことに淡々と応えたけれど、彼の処分についてとか、自分の意見は言わなかった。

 気分が重い。
 昼間の、女子高生の時より気分が重い。
 何故かと思ってよくよく考えてみれば、自分が被害者じゃないからだ、多分。
 万引きをされたのも、金属バットで襲われたのも。

「阿部君にじろじろ見られて、それで怪しまれない内にと思ったんだそうだが……」
 珍しく歯切れ悪く、祖父が言った。
「後な、カラスやら猫やらを門の前に置いたのも、彼だった」
 猫……。それを思い出して、三橋は一瞬、箸を止めた。「常負投手」。荷タグの文字がよみがえる。


「お前、野球部でいじめを受けてるって本当か?」


 祖父の唐突な質問に、三橋は全身を跳ねさせた。それは、肯定してるも同然の反応で、祖父の顔がみるみる曇る。
「本当なんだな……」
 祖父の悲しげな顔に、三橋はぱたんと箸を置いて、「何で?」と訊いた。

「全部、野球部のせいにしようとしてたらしいんだよ。お前がいじめられてるから。同じいじめの延長にして、そしてあわよくば万引きも、野球部員のせいにならないかと。だから、阿部君を襲った金属バットも、野球部の備品を盗み出してな」

 え、何で、と思った。
 聞き捨てならなかった。だって。
「野球部は! 野球部のみんな、は、そんな事しない、よっ」
 三橋は思わず大声で叫んだ。

「オレ、は、いじめられてない、し、いじめっ、られてたとしても、オレっが、悪いっ、んだ。だから、野球部のみんな、は、悪く、ないっ! オレ、殴られたことも、ない、しっ。う、生まれて来なきゃよかったとか、い、言われたことも、ないっ。野、球部の人、なら、し、神聖なバット、で、人襲ったりし、ないっ、よっ!」

 しゃくりあげながら、泣きながらで、どもりもヒドくて。自分でも途中で何を言っているか分からなくなってきたけれど。
 でも……祖父に「分かった」と言われ、阿部に優しく抱き締められて、三橋は声を上げてわぁわぁ泣いた。


 泣き止んだ時、広い食卓には、三橋と阿部の二人しか座っていなかった。
「お前は悪くねぇよ」
 阿部が、三橋をゆるく抱き締めたまま、優しい声で言った。優しく頭を撫でられて、どこまでも甘えていたくなる。
 三橋は首を振った。
「こんな指になるまで頑張るヤツが、悪いハズねぇだろ」
 阿部が、そう言いながら三橋の右手を優しく握り、指先に軽くキスをした。ぴく、と肩を竦ませた三橋を、阿部は優しく誘った。


「キャッチボールしようぜ」


 三橋は一瞬首を振りかけ、思い直してうなずいた。最後だ……何故か、そんな気がした。

 パシン、パシンと薄汚れた軟球が、2人の間を行き来する。
 阿部も三橋も黙ったままで、ただ球を投げて、受けた。
「オレ、地元、埼玉だから」
 淡々とボールを投げながら、阿部が言った。
「埼玉で待ってる」

 動揺したせいか、阿部の投げた球をグローブがはじいた。
「あっ」
 三橋は慌てて、転がったボールを拾いに行った。
 屈んだ拍子に涙が落ちて、困ったな、顔を上げられない。
 ふと、背後に気配を感じた。下に向けたままの目が、阿部のスニーカーを映す。
 何か言おうとして口を開いて、何も言えず首を振った、その時。

 また抱き締められて、キスされた。ただし、指先にではなくて。
 唇に。

「埼玉で、一緒に野球やろうぜ。約束、な」

 そう言って阿部は、三橋の額に、ゴチンと額を打ち付けた。そして、笑った。



 阿部が……キャッチャーとしても優秀だと、三橋が知るのは、もう少し後の話である。

   (完)

※まるっと様:フリリクのご参加ありがとうございました。「アベミハでミステリーかサスペンス、2人が不幸にはならない感じで」という感じになっていましたでしょうか。何だか、いつものなんちゃってサスペンスのノリにしかならなくて。すみません、筆力が限界です。気に入って頂ければ……というか、この程度で許して頂ければいいのですが。

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あきゅろす。
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