小説 3 アフター9の恋人・6 この話、誰にするべきだろう? うちの課長? それとも、1課の課長? 信頼できんのは誰だ? 三橋の……味方になってくれそうなのは誰だ? オレがランチを食べてる間に、例の三人は解散した。 CD−ROMを受け取った二人は、さっさと会計を済ませ、領収書を請求した。残った1課の奴は、ようやく店員を呼んで、料理を注文した。 長居は無用だったから、オレはそっから猛スピードで食べた。 チキンディアブルは、マスタードが効いてて、美味かった。ただ、量が少ねー。まあ、肉料理ったら、そんなもんか? 壁には洋酒のビンがずらっと飾られてるから、夜にはそういう店になるんだろう。 デートにはいいかも知れねー。いつか、三橋と一緒にメシ食いに来てぇ。 ……三橋に会いてぇ! ――社員がCD−ROMを外部の人間に渡してる現場を見た。三橋を助けたい。今夜9時、ここのオフィスで待ってる―― オレはそう書いた紙を、畠って奴に手渡した。 オフィスだと、誰に見られてっか分かんねーから、トイレ掃除ん時。 こんな事に清掃員巻き込んだって、仕方ねーのかも知れねー。けど、まずは仲間が欲しかった。それに、三橋に「大丈夫だ」って、知らせてくれるかも知れねーし。 少なくとも……握り潰されるって事はなさそうだ。 夜9時。 いつものように残業するオレは、全く誰にも疑われず、一人だけでオフィスに残った。 指定した時間に現れたのは、二人だった。畠と、三橋の代わりに入った奴。 叶だ、とそいつは自己紹介して、握手した。 どうも何か、清掃員っぽくない奴だ。まあ、それを言うなら、三橋だってそうだったけど。 「その社員ってのは、どんな奴だった? 顔は見たのか?」 叶に偉そうに聞かれて、ちょっとムッとしたけど、オレは素直に全部話した。 CD−ROMを三橋が触ってた……って、そもそもの証言をした奴だった事。 雑誌の中に挟んでた、透明ケース入りのCD−ROM。 入ってった店の場所と名前。 四人がけの席の、向かい側に座ってた二人組み。 会計時の領収書……。 話し終わった後、叶はオレにこう言った。 「そうか、分かった。協力に感謝する。それと、この話は今後、他言無用だ」 協力って、何の? もしかして、こいつらも三橋を助けようとしてたんか? けど、他言無用ったって……誰か、上の方に知らせなきゃ何も変わらなくねーか? 「三橋はどうなるんだよ。戻って来れんだろ?」 すると、叶は小さく肩を竦めて「さあな」と言った。 「さあなって、何だよっ!?」 オレがそう叫ぶと、叶と畠は顔を見合わせた。 「三橋の助けにはなんねーのか? あいつ、もう戻って来れねーの!?」 なあ、と問いただすと……叶は手を伸ばし、オレのネームプレートを引っ張った。 「阿部。じゃあ聞くけど、お前って、三橋の何?」 「え、何って……」 恋人だ。 だってオレ達、ここで、この場所で、もう何度も愛し合った。 最初は、三橋がオレに、書類届けてくれて。 そんで、見かけるたびに話しかけたりして。 あいつも、笑ってくれるようになって。 ある晩、サービス残業注意されて。 それから……。 「お前、三橋の何を知ってんの?」 何をって……そりゃ、メアドとか聞いてなかったし。自宅の場所も知らねーけど。 でも、あいつが頑張り屋なの、オレ、知ってる。 あいつの荒れた指はその証拠で。 何度もキスした。指にも、唇にも。 あいつのキスが、どんな甘いか知ってる。 セックスしてる時、どんな可愛いか。 どんな声で啼くか……。 「三橋はお前に、隠し事してんぞ。それでもいいのかよ?」 「そんな事、どうでもいーんだよ!」 隠し事なんて、今更だ。 そもそも畠との関係性だって、あれも一種の隠し事だろ。 あれにうろたえて、目ぇ離しちまったせいで、こんなんなっちまったようなモンだろ。 あの後、オレがどんだけ後悔したか。 どんだけ会いたかったか。 「三橋は三橋だろ。隠し事あったって、なかったって。オレにとって、あいつは、スゲー大事な人間なんだよ! どんな隠し事してても、たとえそれが裏切りでも! オレの気持ちは絶対変わらねー! 絶対だ!」 オレがそう言うと……叶は大きなため息をつき、畠は笑って、叶の背中をバンと叩いた。 「痛ってーな!」 叶は、文句言いながら畠の足を蹴りつけ、それからスゲー嫌そうな顔でオレに言った。 「絶対だな?」 そうしてエレベーターに乗せられ、連れて行かれたのは……一般社員にはまず縁の無い、最上階のフロアだった。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |