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小説 3
アフター9の恋人・5
 次の日も、その次の日も。
 清掃員は三橋じゃなかったし、残業してても三橋に会えなかった。
 仕事してても、何かもうずっと、三橋のことばっか考えちまう。そんでミスも多くなって、久々に課長に怒られた。
 お陰で今日は、金曜だってのに、ミスの尻拭い残業だ。
 まあ、別に残業自体は苦じゃねーし、週末に予定がある訳じゃねーけど。でも、気分的には最悪だった。

「はぁー、終わった……保存、と」
 一から打ち直したデータ原稿を保存して、ぐぐっと伸びをする。
 時刻は午後8時。
 学生時代に鍛えた早打ちのお陰かな。思ったより早く終われて、ほっとした。
 けど、スゲー疲れた。やっぱミスすると、精神的にくるみてー。
 ため息をついて、腕組みし、イスの背にもたれて目を伏せる。
 ちょっとだけ。5分だけ、一休みしよう。
 ……5分だけ。


 ガク、っと組んでた足が崩れて、はっと目を覚ます。
 うわ、オレ、寝てた?
 慌てて腕時計を見る。午後9時ちょっと過ぎ。はー、5分のつもりが、1時間も眠っちまった。
 パソコンは……とデスクを見て、はっとする。

 そこには、紙コップに入ったコーヒーが置かれてた。

 まだ温かい。ついさっきか?
「三橋!?」
 オレは立ち上がり、フロア中を見回した。
 けど、誰もいねぇ。廊下か?
「三橋!」
 オレの声が、薄暗い廊下に響く。
 誰もいねぇ。耳を澄ましても、足音一つ聞こえねぇ。

 と、廊下の端で、機械の起動音がした。
 あ、エレベーター! 三橋か!?
 エレベーター正面まで走り、鉄扉の上の階数表示をざっと見る。
 4機あるうちの3機は、全部1階で停まってた。
 動いてんのは一番手前の一つだけで、上の階に向かってる。オレがじっと見守る中、そのエレベーターは最上階に行って、そこで止まった。
 周りがシンとしてるせいか、扉の開くチーンという音が、はるか頭上で響くのを聞く。
 最上階にあるのは、役員室だけだ。三橋とは関係ねー。

「み、はし……」
 お前、どこ行っちまったんだ?
 どこに行ったら会えるんだ?

 オレは肩を落としてデスクに戻り、紙コップのコーヒーを飲んだ。
 ヒザに乗る恋人も、その後のキスも無い、ただのブラックコーヒーは、ひどく喉に苦かった。



 明けて、月曜日。
 三橋と会えなくなって、一週間が経った。
 昼休み、オレはまた一人で外に出て行った。
 定食屋の数こそ多いけど、結局、メニューや値段を考えてたら、そんな迷うほど店は無い……。それが、ここ一週間で学んだ事だ。
 ふらふら歩いてると、前方に、イヤな奴がいた。
 1課の社員だ。
 ビジネスマン気取って、週間ダイヤモンドとか、大事そうに持ってっし。

 いや、別にホントにイヤな奴って訳じゃなく、そう話した覚えもねーし。だから簡単に「イヤな奴」呼ばわりしちゃいけねーのかも知れねー。
 けど……あいつの一言さえなけりゃ、三橋が疑われる事、なかったんだ。
「ゴミ回収の奴が触ってた」
 あいつがそう証言したCD−ROMの中身が、結局なんだったのか、課の違うオレ達には知りようもなかった。
 ただ、1課の課長の様子からして、結構ヤバイ物だったんだろうとは思う。

 大体そんなの、デスクの上に置きっぱなしにしてた課長だって悪ぃんじゃね?
 でも……それを正面切って言える程、オレは厚顔無恥じゃなかった。


 1課の奴の背中をじっと睨みつけてたら、そいつは少し他の飯屋から離れた、黒い石壁のビルに入ってった。
 よく見ると入り口に小さな黒板が置かれてて、ランチメニューだけが書いてある。
 国産若鶏のチキンディアブル、パン又はライス、スープつき1000円。
 値段はまあまあだけど。……チキンディアブルって、何だ?

 ちょっと気になったんで、入ってみる。
 けど、あいつの真似したとか思われたくねーから、目につかねーとこに座ろう。
 そう思って、フロアをぐるっと見回して……あれ、と思う。
 あいつ、一人じゃねー。4人がけテーブルの向かい側には、男が二人座ってた。
 知らねー顔だ。よその部署の知り合いと、待ち合わせか?

 オレは少し離れた席に座り、「ランチ、ライス」と注文して、お絞りで手を拭いた。
 マガジンラックには、あいつが持ってた週刊誌の最新号もあったけど、店内は照明が控えめで、雑誌とか読む気にもなれなかった。
 だから、見るともなしに、そいつらを見てたんだけど……どうも、友達って風じゃねぇ。
 年が違うし、大体、一緒に食事って訳でもなさそうだ。
 だって、あいつの向かいの二人、コーヒーしか飲んでねぇし。
 それにあいつだって、メシを食うつもりねーみてーだ。注文してねーんじゃねーか?
 何で、オレの料理のほうが早く来るんだよ?

 ナイフとフォークを握り締め、パン粉に包まれたチキンを丁寧にゆっくり切りながら、オレは奴らをじっと見た。
 するとあいつは、持ってた雑誌をパッと開き……そこに挟んでた、CD−ROMを取り出した。
 透明ケースに入った、白い無地のCD−ROM。

 そしてそれを、目の前に座る男に手渡した。

(続く)

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あきゅろす。
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