小説 3 あるキャプテンの願い (高1・バカップル・花井視点) オレの気のせいじゃなければ、うちのバッテリーは……阿部の怪我以来、ちょっと力関係が変わってきたような気がする。 いや、別に、だからどうって訳じゃねーんだけどさ。 今まで、「阿部君、阿部君」つって、ひな鳥みてーに阿部の後くっついて、「阿部君に嫌われたら、オレ、おしまいだ」とか言ってた三橋が……阿部がいなくても結構大丈夫だってことに、気付いたみてーなんだよな。 ほら、今も田島や泉と話しながら、7組の前を通ってっけど、こっちをちらっとも見やしねー。 夏まではさ、いつもオドオドとこっちを覗いて、阿部に声でも掛けられようモンなら、尻尾振って飛んで来てたんだぜ。それが……。 「三橋!」 阿部が教室から大声で呼んでも、にこって一瞬笑うだけで、すぐに視線を逸らしちまう。 変だろ? 変だよな。いや、変っていうか、むしろ今までのがおかしかったんであって、コレが普通なんだけどさ。 とにかく……。 そんな三橋の変化に、阿部の方はイマイチ付いていけてねぇみてーで。たまに涙目になってんの、ちょっと不憫だ。 そして、昼休み。 「三橋、手」 阿部がそう言って手を差し出すと、三橋は真顔で「なんで?」と聞いた。 分かってるくせに。夏までは、素直に手ぇ預けてたじゃねーか。 「ほら、爪の手入れしてやっから」 阿部が言うと、三橋は逆に手を引っ込めた。 「もう、自分でできる、よっ」 そう言われると、あー、阿部、反論できねー。 そうだよ、元々三橋は一人で何でもできんだよ。 お、それでも食い下がるか? 「これはキャッチャーの仕事みてーなもんなんだよ。いいから、手ぇ貸せ!」 あ、三橋が更に手を引っ込めた。 「キャッチャー、だったら、田島君か花井君、でも、いい、だろ」 そんな可愛くないこと言いながら、三橋が立ち上がって、こっち来る。 うわ、オレを巻き込むなって! ほら、阿部が涙目だから! 「三橋、あんなぁ」 オレは阿部のジト目に冷や汗をかきながら、フォローに回る事にした。 「阿部が、どうしてもやりてぇみてーだから。させてやってくれ、頼むから」 「う……そう、なのか?」 ほら、阿部、素直にうなずけって! 黙ってねーで何か言えって! 「どうしても、て、言うなら、させてあげてもいい、よっ?」 ほら、阿部、三橋がせっかくそう言ってくれてんだから! 黙ってねーで、素直に頼めって! ああ、ああ、ほら、すぐに返事しねーから。 「どうしても、じゃない、なら、これからは、自分で、する」 三橋が唇とんがらかして、席立っちまったじゃねーか。どーすんだよ、阿部? オレがハラハラしながら見守る中、三橋がぷいっと顔を背けた。 「阿部君、なんか、知りません、よー」 そう言って三橋は、振り返りもしねーで教室から出て行った。 阿部はというと、がくっと机に伏せている。 「阿部……」 オレは呆れたように言うしかねーぞ? 「馬鹿だな……」 オレの言葉に、阿部が「うー」と低く唸った。 問題は、午後練だった。 三橋はずっとご機嫌ナナメで、阿部にそっぽ向いたまま! 「三橋、柔軟……」 阿部が誘うより先に、三橋は田島と目配せし合って、「田島君と組む、から」って断った。 「キャッチボール……」 それはすかさず、泉が三橋を連れ去っちまった。 「投球練しゅ……」 それには三橋が、オレを見て言った。 「オレ、花井君と、組もうか、な」 って、ええ、オレ? いやいやいやいや、ノーサンキューですから! 「三橋、阿部と組んでやれ」 オレが言うと、三橋はちろっと阿部を見た。あ、唇がまだ、とんがってる。 「阿部君、は、オレと組みたいの、か?」 ほら、阿部! ちゃんと素直に! あ、ほら、即答しねーから。 「どうでもいい、なら、オレだって、どうでもいい、よっ」 三橋がぷいっと顔を背けた。 ああ、ほら、阿部ぇ……。 はらはらしながらオレが見てる中、阿部が突然、キャッチャーマスクを脱ぎ捨てた! 「っざけんな。どうでもいい訳、ねーだろっ!」 うわー、阿部がキレたー! もしかしてバッテリー崩壊? 離婚危機っ? もうダメだー、うちのチーム、もうダメかもー。 うっ、胃が痛ぇ。 オレがゲンナリと、胃を押さえた時、だった。 阿部が、ガバッと三橋に抱き付いた。そして。 「んん、う、……」 三橋の、色っぽい声と、グラウンドに似合わねー、卑猥な水音が響く。 頭が真っ白だ。 脳みそが、状況を把握するの、拒んでる。 一体あいつらは、神聖なブルペンで何やってるんだろう? ちらっと横を見ると、沖も同じように、真っ白な顔をしてた。 でも田島は、面白そうに笑ってる。 「ギャハハ、チューだチューだ」 いやいや、指差して笑ってる場合じゃねーから! ようやく引っ付いてた部分を離してから、三橋が上擦った声で言った。 「ホント? オレ、どうでもいくない? オレ、大事?」 「……ったりめーだろ。オレはお前が一番大事だっつの。そんなん、言わなくても分かれよな」 「嬉しいっ、好き!」 三橋が、なんかよく分からねーセリフを叫んだ。 阿部も何か、よく分からねーセリフで応えてる。 オレは目も耳も機能停止しちまったし、多分田島以外、周りの皆もそうだと思うから、そっから練習中に、あいつらがどうだったかは全然知らねーんだ。 っていうか、いたかどうかも分からねー。 でもまあ、仲いいなら、それでいいよ。もう、オレ、悟ったから。お前らはそれでいい。 ただ、試合だけは真剣にやってくれ! くれぐれも試合中に、モメねーでくれ! それだけしっかりしてくれたら……後はもう、何も言わねーから。 頼む! なっ! (終) ※たと様:フリリクのご参加ありがとうございました。「ツンデレ三橋に振り回される阿部」。あまりツンデレにならなかったような……? シリアスにするかちょっと悩んだんですが、結局バカップルバージョンにさせて頂きました。シリアスがもしよければ、書き直しますので、おっしゃって下さい。 [*前へ][次へ#] [戻る] |