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小説 3
杉の子レンレン・3
 前橋駅で新幹線を降りた瞬間、頭の上に乗っかったままのレンレンが「ふおっ」と奇声を上げてぶるっと震えた。
 誰かに聞かれたんじゃねーかってドキッとしたけど、誰にもその奇声は聞こえてねーらしい。レンレンの姿も相変わらず見えてねーみてーで、ホッとした。
「どーした?」
 小声で訊くと、「に、ニオイ、する」って興奮したように言われた。
 くんくんくんくんと周りの空気の匂いを嗅いで、嬉しそうにしてる様子は、まあ可愛い。
 ニオイって言われると犬みてーだなと思うけど、風のニオイとか空気感とか、そんな感じなんだろうか?
 じゃあ、群馬にあるっつー3本杉の神社で、いきなり当たりだったのか?
 全国各地を回らずに済んでホッとすると同時に、ちょっとあっけなくて、何つーか物足りねぇ。
「阿部、君、あっち。あっちだ、よっ」
 ちっこい手でしきりに指差してる方は、地図を確認すると、どうやら北の方角だ。
 地図アプリで確認した例の神社も同じくここから北にあって、それを確認した途端、ドキッとした。

 在来線に乗り換えて、神社の最寄りの駅まで急ぐ。
 頭の上に乗っかったままのレンレンは、相変わらずオレにしか見えてねぇようだったけど、口をぽかんとあけて窓の外の景色を見てんのがガラス越しに見えて、ふっと笑えた。

 最寄駅で電車を降りると、またレンレンが「ふおーっ」と頭上で奇声を上げた。
 オレにしか聞こえねぇとは言うけど、デカい声で叫ばれるとドキッとする。
「こら、静かにしろよ」
 こそっと叱りつけ、頭の上にいるだろうレンレンを、上からさり気にぽすんと叩く。
 そしたら、その大きさが思ったよりもデカくて、ビックリした。
 慌てて掴み下ろすと、さっきまで7〜8cm程度だった体が、15cmくらいまで育ってる。
 ぞっとして見下ろすと、レンレンはオレの手から逃れてふよふよと浮かび上がり、改札の方を指差した。
「あ、っち!」
 ちっこい手で指差され、キラキラの目で見つめられれば、「ああ……」って歩き出すしかねぇ。
「風で飛ばされんなよ」
 そう言って、再び頭の上に乗せてやる。
 確かにデカくなってんのに、ちっとも頭は重くなくて、やっぱ妖精なんだなと思った。

 高いビルのねぇ田舎町を、北を目指しててくてく歩く。
「花粉、がっ」
 って、パタパタと花粉を払ってくれるところは、相変わらずだ。
 ただ、神社が近付くにつれ、レンレンもどんどん大きくなった。頭の上に乗ってらんなくなり、肩車になって、それもできなくなって地面に降りる。
 手ェ繋いで、ふよふよと飛ぶように歩いてはいたけど、体長が1mを超すと、さすがにデカい。
 デカくなるにつれ、顔立ちも少しずつ変わって――鳥居の前に着いた頃には、オレと同年代くらいの少年になってた。
 前にホントの自分は「こーんな、こーんな大きい」んだっつってたけど、予想以上の成長ぶりだ。
「デカくなったな……」
 しみじみ呟くと、「本体が、近い、から」って。恥ずかしそうににへっと笑われると、なんでかこっちも照れ臭い。
 繋いだままだった手をそっと外そうとすると、逆に両手でぎゅっと握り締められた。

 レンレンは、ホントはレンって名前らしい。レンレンは勘違いだと、このサイズになって初めて知った。
 喋り方も、ドモリがちではあるものの、大人びてしっかりしたし、幼児には見えねぇ。花粉の子っつーより、やっぱ妖精って呼び名がしっくりくる。
 けど、色白でふわふわで、目ェ離すとどっかに飛んでっちまいそうなはかなさは、相変わらずで戸惑った。
 レンの本体は、神社の本殿の側にある、まっすぐ伸びた杉の木だった。
 3本並んでる内の真ん中の1本で、両側の2本よりちょっと細い。
「オレの、両親」
 両側の2本を紹介され、「どーも」と取り敢えず頭を下げる。その瞬間、ふわっと風が吹いて、3本の杉の葉が揺れた。
 挨拶されてるみてーだと思って、なんでかちくっと胸が痛んだ。
 迷子の花の子を連れてきてやっただけだし、ほんの数日しか一緒にいなかったっつーのに、これでお別れだと思うと、なんかすげー名残惜しい。

 本体と長く離れていらんねぇって、聞いてたハズだ。
 もっかい家に連れて行く訳にいかねーのは分かってる。
 こんだけ姿が変わったんだから、やっぱ、ここに戻んのがレンレン――レンにとっては幸せなんだろう。
 じわっと目が潤んだのは、多分杉花粉のせいだ。
 そう思った時、名残惜しさを見透かしたように、レンがにへっと笑いかけて来た。
「阿部君、あの、さ、最後、に、キャッチボール、しよう」
「キャッチボール?」」
 オレと弟がやってたのを眺め、羨ましそうにしてたのを思い出す。
「ボール、これっ」
 得意げに差し出されたのは、なんか見覚えのある黄色い球だったけど、ここには本物のボールもグローブもねーんだから、仕方ねぇ。

「よし、来い!」
 苦笑しながら、両手を胸の前に構え、レンの投球を受け止めるようポーズする。レンはおおきく振りかぶり、黄色いボールをまっすぐに投げた。
 ボールを受けた瞬間、ぶわっと視界が黄色く染まった。
「うわっ」
 反射的に目を閉じて、やっぱ花粉かよ、と心の中で悪態をつく。いくら他の杉の花粉から守ってくれたって、こんだけシャワーを浴びせられると意味がねぇ。
「お前なぁ……」
 苦々しげに文句を言いながら、顔を両手で覆いつつ、そろそろと目を開ける。
 耳元で、ふひっと笑う声がした。それと同時にぶわっと強い風が吹いて、周りの木々がざわざわ揺れる。
 風がやんで目を開けると、そこにレンの姿はもうなかった。
 レンレンもいねーし、黄色いボールもねぇ。
 ただ、足元に杉の若枝が1本落ちてて、それを黙って広い上げた。

(続く)

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