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小説 3
杉の子レンレン・2
 翌日もランニングに行くと、レンレンが頭に引っ付いて来た。
「花粉、から、守る」
 って。気持ちはまあ有難ぇし、花粉症になりたい訳じゃねーからいーけど、ちょっとズレてんなぁとも思う。
 オレと弟がキャッチボールしてんのを見て、「オレ、もっ」ってちっこい黄色い球を投げて来たり。
 キャッチボールの真似っ子は、オレらみてーな野球人からすると微笑ましいけど、投げてくんのが花粉ボールっつーのはいただけねぇ。
「受け、取っ、て」
 って。ボールならいくらでも受けてやるけど、杉花粉はノーサンキューだっつの。
 今んとこ花粉症には縁がねーけど、症状のヒドイ人間にはシャレになんねー話だと思う。

 ただ、自分の花粉ボール以外から守ってくれんのは、まあ便利だ。
 ランニングしてる間、ビミョーに調子っぱずれな声でレンレンレンレン歌ってて、母親の影響だなって思った。
「風でどっかに飛ばされんなよ」
 そう言うと、こくこくうなずく様子は結構可愛い。
 オレの髪にぎゅーっとしがみ付き、時々ぱたぱたと手を振ってよその杉花粉を追い払う仕草は、母親を大いに悶えさせた。
「可愛いー、健気だわー」
 って。レンレンを取り上げてくるくる回って、年甲斐もなく大はしゃぎで、ちょっと呆れる。
「もう、うちの子になっちゃえばいいのに〜」
 でれでれの顔で、レンレンに頬ずりしながら言ってたが、それはレンレン本人に「ごめん、なさい」って断られてた。

 どうやらレンレンみてーな妖精は、本体から長く離れていらんねーらしい。なかなか興味深い話だ。
 そういう生態も調べてみてーなと思ったけど、さすがにそれは難しそうだ。
「ぶ、分身体、とかあれば、別だ、けど」
「分身体?」
 不思議に思って訊いたけど、レンレンにも分身体のことがうまく説明できねーらしい。
「ぶ、分身は、ちっこい本体、で。ホントのオレは、こーんな、こーんな、大きいんだ、よっ」
 ちっこい手を広げて「こーんな」ってアピールしてるけど、とても大きいとはおもえねぇ。まあ、杉の木なんだから、デカいのか?
 ふと、球根の株分けのことが頭に浮かんだけど、杉の木に株分けもねーだろう。
 シャーレでクローン生成って話じゃねーだろうし、よく分かんねぇ。また、レンレン自身もよく分かってなさそうだから、仕方ねぇ。
「あああ、残念だけど、仕方がないわねぇ」
 嘆く母親をよそに、レンレンの本体探しは続行になった。

 北の方だろうってことと、「ミハシの杜」にあるっつー曖昧な情報しかねぇレンレンの本体探しは、言う程簡単そうじゃなかった。
 ネットで真っ先に「ミハシの杜」について検索してみたけど、それらしい情報は1件もなくて残念だ。
 名前が違うんじゃねーかと思ったけど、レンレン本人がそうとしか認識してなくて、早々に暗礁に乗り上げる。
 1つ気になったのは、レンレンが言ってた「杉は神様の橋」って言葉だ。
 ミハシっつーのは、三橋って漢字じゃねーのかな? 橋=杉だとすると、杉の木が3本あるって意味かも知れねぇ。
 神社には杉の木がつきもので、どこの神社の周辺にも大概埋まってるモンらしいけど、3本って限定すると、案外限られるんじゃねーのかな?
 3本杉の神社、って試しに検索してみると、石川とか長野とか金沢とか茨城とか……あちこちに点在してんのが分かった。
 埼玉の山奥にもあるし、群馬にもある。

「こん中に、お前んちってあるか?」
 レンレンに訊くと、こてんと首をかしげられた。
「こ、れ?」
 って指差したのは四国にある神社で、そりゃ明らかに違うだろうと思った。
「あてになんねーなー」
 ちっ、と舌打ちすると、横から母親に「舌打ちしない!」ってたしなめられた。
「片っ端から行ってみればいいでしょ」
 そう言われれば確かにそうだけど、さすがに四国は面倒臭ぇ。
「ち、近くに行けば、分かる、よっ」
 こくこくうなずくレンレンを、「ホントかよ」と見つめる。その手には黄色い花粉ボールが握られてて、えいえいと押し付けて来られて、やれやれと思った。

 ともかく、家でうだうだ言ってても仕方ねぇ。もうじき春休みも終わるし、そうなったら身動きも取れなくなる。
 母親が気前よく出してくれた軍資金を手に、まずは近場から回る事にした。
 埼玉の山奥と群馬と、どっちが近いかはちょっと迷ったけど、大宮から新幹線に乗ると考えると、群馬だろう。
 こんな時こそ親父の車の出番だろうと思ったけど、残念ながら仕事が立て込んでて、遠出すんのはキツイらしい。
 仕方なく電車に乗り、まずは大宮に向かう。駅までの道も、駅に着いてからも、レンレンはオレの頭の上できゃいきゃいはしゃぎっぱなしだった。
「ふおー、すごい」
 とか。
「速いー」
 とか。
 服かカバンの中に隠れとけっつったんだけど、ききゃしねぇ。どうも、オレの頭の上が1番居心地いいらしい。
 誰かに見つかるんじゃねーかって警戒したけど、そこは妖精だけに、姿を消すこともできるみてーだ。

「本体、見付かるといーな」
 ぼそっと話しかけると、「うんっ」って元気よくうなずかれる。
 母親や弟とバイバイするのもあっけなくて、何かちょっと拍子抜けだ。可愛がられてても、やっぱ妖精っつーか……人間じゃねーから、そんなモンなんかな?
 まあ、群馬の3本杉の神社が必ずしも当たりとは限んねーし。そこが「ミハシの杜」じゃなかったら、また家に連れて帰ることになるんだろうから、あんま大袈裟にすんのもおかしいのかも知んねぇ。
「それ、まで、花粉から守る、から、ねっ」
 そう言って、ぱたぱたと手を払うのが車窓越しに見えて、ふっと笑みが漏れる。
 この珍妙なイキモノが、混雑する車内で今、オレにしか見えてねーのが不思議で――特別なんだなと、思った。

(続く)

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あきゅろす。
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