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小説 3
杉の子レンレン・1 (156万打キリリク・妖精三橋)
 それは3月の終わりの、よく晴れた風の強い日の事だった。
 こんな強風の日、しかも雨上がりの翌日は花粉が飛びまくるらしーよな。そんなことを思いながら、追い風を受けてランニングしてると、どっかから悲鳴が響いて来た。
「ぴゃああぁぁぁ」
 間の抜けた声に何だろうと振り向いた瞬間、べたんと何か小さいモノが、オレの顔に張りついた。
 ぺいっと引き剥がすと、「うひゃっ」と声を上げ、手のひらにソレがころんと転がる。体長7〜8cmっつーところだろうか? 3頭身でじたばた動いてて、何だろうと思った。
 最初電池かなんかで動く人形かと思ったけど、どうも違う。
 首根っこ掴んでつまみ上げると、「は、は、はな、してっ」って手足を動かして暴れるし。
「何だ、これ?」
 目の前にぶら下げてじろじろ見ると、「ぴゃあっ」と怯えた声で喚かれた。
「た、た、食べ、ない、でっ。お、美味しくない、よっ」
 って。こんな怪しげなモン食うかっつの。

「何だ、お前?」
 眉根を寄せて訊くと、「は、花の子、ですっ」って言われた。
「花の子?」
「名前、は、レ、ン、……レン、です」
「レンレン?」
 訊き返すと、「ちがっ……レン……」って慌ててたけど、まあ名前なんかはどうでもイイ。
 気になるのは、新種か何かかってことだ。
 動く人形じゃねーんなら、イキモノだよな? 妖精? 小人? ともかく、新種だ。
 高校生、新種発見――そんな新聞の見出しがパッと脳裏に思い浮かび、ニヤッと笑みが漏れる。
「迷子か? 家はどこだ?」
 優しげに訊きつつ、しっかりと片手で捕まえて、ランニングを中止し家へと向かう。正体が知れるまで、逃がしてたまるかと思った。

 レンレンの家は、「ミハシの杜」ってとこにあるらしい。それが、今朝からの強風で飛ばされて来たんだとか。
 飛んで来た方向を考えると、多分北の方にあると思う。
 花は花でも杉の花の妖精らしくて、花の子っつーよりは「花粉の子」だ。スギ花粉かよ、って一瞬放り出そうかと思ったけど、意外と役に立つようだ。
「か、花粉、ついてる、よっ」
 家に帰る道中、レンレンはそう言ってオレの髪や服に着いた杉花粉を払ってくれた。

 レンレンを連れ帰ると、家では一気に大騒ぎになった。
「きゃー、可愛いー!」
 母親が一声叫んだかと思うと、バッと手の中から奪われ、リビングの方に連れ去られた。
 そっからは「可愛い、可愛い」の大連呼だ。
「こんな息子が欲しかったのよー!」
 って。目の前で言われると、さすがにちょっとムカッとする。
 確かにレンレンは色白でふわふわだし、手のひらサイズで可愛いし、花粉を払ってくれる気前の良さもあるけど……その正体は杉花粉だぞ?
「まあ、新種だよな」
 ニヤッとほくそ笑みながら、可愛がられてるレンレンの方に目をやると、母親と弟から「何言ってんの!?」って責められた。

「発表する気!? ダメだよ、兄ちゃん!」
「こんな可愛い子を見世物にする気なの!?」
 2人して口々にやいやい責められると、さすがにちょっとげんなりする。
「はぁ? じゃあソイツどうするんだよ? 飼うのか?」
 そう訊くと、今度は「飼うって何だ!」って怒られた。
「レンレン君は、ペットじゃないの! 花の子なのよ! 世界に幸せをもたらすの!」
 スギ花粉の子がもたらすのは、愛と感動の涙じゃなくて、花粉症の鼻水だ。けど、母親にはオレのツッコミなんか、もう耳に入んねぇらしい。
 レレレンレンレン、レレレンレンレン……と妙な歌を口ずさみながら、再びレンレンを可愛がり始めた。

 その晩、親父を含めた家族会議により、何とか「ミハシの杜」を見つけて、レンレンを元の本体に戻してやろうってことに決まった。
「ふおお、あ、ありがとう、ございます」
 床に頭がつくんじゃねーかってくらいに頭を下げて、レンレンがぴょこんと礼をする。
「可愛いー」
 と、母親は大興奮だ。
 まあ親切はいいことだけど、せっかくの珍種生物なのに、放してやるのは勿体ねぇ。
「自然科学会の損失じゃねぇ?」
 思わずぼやくと、「まだ言ってるの!?」って怒られた。
「迷子の子供を、うちまで送り届けるのは当然でしょう!」
「あー、まあな」
 ガミガミと説教して来る母親を、適当に返事しながら躱してレンレンの方に手を伸ばす。

「あべ、君。花粉」
 レンレンはデカい目をパチパチとまたたかせ、またオレの体から杉花粉を取ってくれた。
 お礼に頭を撫でると、ふわふわで小さくて、まあまあ可愛い。
「オレの花粉、だけ、どーぞ」
 って、えいえいと黄色いボールを押し付けて来んのは遠慮してぇが、人懐っこいとこも、見慣れれば悪くなかった。

 パソコンで「ミハシの杜」について探してみたけど、それらしい場所は見付かんなかった。
 杉の花の精だっつーから、てっきり山ん中にあるんだと思ってたけど、違うんだろうか?
 山じゃねーなら、街中か? そう思ってふと、「鎮守の杜」って言葉を思い出す。
 神社の周りの林のことを呼ぶ名称で、だとすると「ミハシの杜」っつーのも、もしかすると「ミハシ」って神社の杜かも知んねぇ。
 調べて見ると、神社と杉っつーのは、意外に関係深いみてーだ。
「杉の木は、ねー、神様の木、なんだ、よー」
 自慢げに言うレンレンに、「へー」と相槌を打ち、パソコンを眺める。
 天までまっすぐ伸びる杉の木は、神々が地上へ降臨する時の橋の役目をするんだとか。

「まあ、神様。レンレン君にぴったりね」
 よく分かんねぇ誉め言葉を口走りながら、母親がレンレンを可愛がる。
 何がぴったりなのかは知らねーが、「橋」っつー言葉は気になった。

(続く)

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あきゅろす。
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