小説 3
ルーキーズフレア・6
三橋と合流できたのは、それから更に1時間経った後だった。
オレからすると、結構長く待った気がするけど、三橋にとってはバタバタだったらしい。
「ひ、控室、早く出ろ、って」
コートを着る間もなく追い出されたみてーで、荷物を抱えて困ってた。
会場も控室も、この後のプロコンテストの準備にかかりっきりで、準優勝の余韻に浸る間もねぇようだ。
急いで詰め込んだせいか、カバンも妙な感じにパンパンで、大丈夫かよって、ちょっと笑えた。
「お疲れ。まずはメシ食いに行こーぜ、腹減った。お前は?」
「お、オレもっ」
こくこくうなずく三橋の頭を軽く撫で、会場のビルの外に出る。
もうランチタイムって時間でもねーけど、待ち時間が長かった分、周辺のメシ屋の情報を集めることは十分にできた。
朝に歩いたアーケード街に入ると、さすがにどこの店もシャッターが開いてて賑やかだ。人通りはそんな多いって程じゃねーけど、そこそこ若者も多い。
メシ屋もまあ多い。
「お前、ワイン詳しい?」
歩きながら訊くと、ぶんぶんと首を横に振られた。
バーテンダーがそんなんでいいのかと思ったけど、ワインはワインで、カクテルとはまた違った奥深さがあるらしい。
三橋らが行ったっつー専門学校も、バーテンダーとソムリエとじゃ習うことが違うとか。
酒のことはよく分かんねーけど、結局は口に合うか合わねーかに分かれると思う。後は、好き嫌いだけど……その点は心配ねーだろう。
「ワイン、キライじゃねーよな?」
オレの問いに、「好きっ」ってこくんと三橋がうなずく。
そうしてる間にもずんずん歩き、やがて信号の向こうに目的の店が見えてきた。
オープンスペースもあるみてーで、店の前には幾つかテーブルが並んでる。さすがにメシ時じゃねーから、オープン席は無人だったけど、店内にはぱらぱら客もいるみてーだ。
店のドアを開けるとずらっとワインが並んでんのがまず見えて、さすが専門店だなと思った。
「ふわ……す、ごい……」
口と目をぽかんと開けて、三橋がワイン棚をじっと見つめる。
「いらっしゃいませ、何名様でしょう」
出てきた店員は黒服に蝶ネクタイで、若いけど落ち着いた感じだ。オープンキッチンになってて、料理をしてる様子もよく見える。
匂いも当然店内に満ちてて、三橋の腹がぐぎゅうと鳴った。
カウンター席に並んで座り、ランチメニューとワインメニューを一緒に開く。ランチにも色々あるみてーだけど、取り敢えずは日替わりにしてワインを頼んだ。
「ワインはご自分でお選びいただけます」
店員に言われるなり、そわそわし始める三橋。
相変わらず落ち着きねーけど、ワイン瓶のずらっと並んでる棚を見る目はキラキラしてて、たしなめる気にもならねぇ。
「いーぜ、見て来いよ。ただし、放んなよ」
くくっと笑いながら言うと、「ほ、放らない、よっ」って反論される。
「マット、ないし」
って。確かに床はフローリングのままで、フレア用のゴムマットは敷かれてねーけど、そういう問題なのかと思うと笑える。
むくれた顔しつつ、いそいそと移動してく様子が無邪気で可愛い。でもワインを棚から取り出して1本1本眺めてく姿は、無邪気だけどやっぱプロだ。
「うう……全部、試し、たい」
「そりゃ通うしかねーな」
オレらの軽口に、フロア係の店員が「お待ちしております」って穏やかに軽口を返す。
シャレた雰囲気だけど気取ってはねぇみてーで、そういうのもいいなと思った。
三橋がワインを選ぶより先に、ランチの方が出来上がる。
「お待たせいたしました、日替わりでございます」
メニューじゃ分かんなかったシャレた料理に、食い放題のバゲット。そして、三橋の選んで来たワイン。
「これ、で」
三橋が持って来たボトルを、店員が慣れた手つきで優雅に栓を抜き、グラスを上向けてワインを注ぐ。
当たり前だけどワイン瓶を放ったりはしねーし、グラスを弄んだりもしねぇ。けどそれが逆に新鮮で、ほんの少し物足りねぇ。
しゅわっと泡が立つから、スパークリングワインだろうか。ほんのり色がついてて、すげー美味そう。三橋の店でも、確かこういうワインあったっけ?
銘柄が違えば味も違うんだろうけど、たまには知らねぇワインで乾杯もイイ。
「準優勝、おめでとう」
そう言ってグラスを掲げると、三橋はビックリしたみてーに目を見開いて、「あり、がと……」とごにょごにょ言った。
ぐっと口に含むと、爽やかな辛みが舌に広がって、ぐぅと空腹を刺激する。
「美味い。けど、すきっ腹にはヤベェ」
正直に感想を言うと、三橋もうへっと頬を緩めて、自分の選んだワインを飲んだ。
グラスを置き、代わりにナイフとフォークを掴んでさっそくカモ肉を切り分ける。肉も柔らかいけど、ソースも美味い。あっという間に籠盛りのバゲットがなくなって、店員が次の籠を持ってくる。
そういや、三橋とこうして他の店で酒を飲み合うって、なかったかも。
追加のパスタを頼みつつ、スパークリングワインを飲み干す。2杯目を2人分注ぐと、もうさっきのビンは空になったみてーで、あっけない。
この店で2本目を飲むか、それとも夜にバーにでも行くか、ちょっと迷う。
ああ、けど、酒は少し飲み足りねぇくらいがいいのかも。それに三橋の「爽春」を2杯も飲んだ後だし、実質には4杯だ。
「出ようぜ」
同じく飲み足りなそうにしてる三橋を促して、2人分の料金を払った。
三橋は「うお……」って気まずげにしてたけど、準優勝のお祝いだし、これくらいは払いてぇ。代わりに体で支払って貰う気満々で、「ホテル取ってるから」と囁く。
「部屋で飲み直そーぜ」
三橋は「へ、部屋で……うん」って真っ赤になりながらうなずいてたけど――。
「なあ、全国大会ってことは、地方大会もあったんだよな。いつだった?」
耳元で低く冷たく訊いてやると、真っ赤だった顔がざあっと青くなって。やっぱお仕置きは必要みてーだなって、すげー楽しみで口元が緩んだ。
(続く)
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