小説 3
ルーキーズフレア・5
三橋のカクテルを堪能してる間に、いつの間にか10分の休みが終わったらしい。プラカップを回収箱に入れに行ってすぐ、また客席の明かりが落とされた。
舞台上には15人の選手がぞろぞろと並び、真面目な顔で直立してる。
勿論、その中には三橋もいた。精一杯真面目な顔してっけど落ち着きがイマイチなくて、見るからに居心地悪そうだ。
叶と並んでてもそうだけど、なんでもっと堂々としてねーんだろう?
けど、自分を他人と比べて「まだまだだ」って思って、そんで努力を重ねてるトコが好きなんだから、ある程度は仕方ねーのかも知んねぇ。
オレにできることは何もねーし、専門的なアドバイスもできねぇ。それがたまに歯がゆくて……だから余計に、もっと背筋伸ばせばいーのにって思った。
『それでは皆様お待たせいたしました! ただ今より第21回ルーキーズフレアコンテスト、表彰式を行います!』
司会者の声と共に、客席から拍手が起きる。
『まず最初に入賞者の発表から』
舞台上には大中小のトロフィーが3つと、ハガキサイズくらいの盾が2つ。高難易度の技に挑戦した「チャレンジ賞」と、オリジナルカクテルが美味かったっつー「カクテル賞」らしい。
三橋以外の選手の演技は正直あんま印象に残ってねーけど、そういやボトル4本でジャグリングして、大歓声を浴びたヤツがいたなって思い出した。
残念ながら1本落として途中で3本になっちまったけど、4本に挑戦したのはコイツ1人だったし、無難な演技よりは良かったと思う。
オリジナルカクテルの味がどうこうってのは、三橋以外のを飲んでねーから分かんなかったけど、確かにフレアバーテンダーだってバーテンダーだし。美味い酒を作るのは、基本なのかも知れなかった。
2人の選手が盾を受け取り、元の列に戻った後、今度は3位からの発表になった。
結論から言うと、三橋は2位だった。
オレとしては絶対上位に食い込むだろうって思ってたし、そんな驚きはなかったけど、三橋は予想外だったらしい。
『準優勝、102.8ポイント。REN』
司会者に名前を呼ばれた後、目も口もこれでもかってくらいにパカンと開いて、数秒間フリーズしてた。
隣に立ってた選手から失笑されながら背中を押され、ようやく1歩踏み出す感じだ。
『おめでとうございます』
司会者のねぎらいと共に、審査員から渡されるトロフィー。キョドったままそれを受け取った三橋は、キョドったまま係員に促され、元の列に並ばせられてる。
気のせいか司会者も、それから客席の観客も拍手より笑い声が大きい。
さっきはあんな見事な演技してたくせに。相変わらずカウンターを出た姿は小動物みてーに落ち着きなくて可愛くて、仕方ねーなと思った。
オレ自身も苦笑しながら、惜しみねぇ拍手を三橋に贈る。
優勝したヤツもオレにはイマイチ覚えがなかったけど、客席からは歓声と拍手が沸き起こってたから、多分順当な結果だったんだろう。
ポイントも発表されたけど、優勝者は103.2ポイントだっつってたから、ホント三橋とは僅差だったんだな。
その一方、3位だったヤツのポイントは確か95とかそんくらいで、この2人だけがガクンと上だったのがよく分かる。
どういう配点で、それぞれが何点かっつー詳しい内訳は、後でプロの結果と共に公式サイト上で発表されるみてーだ。
公式サイトなんかあるのか、って一瞬驚いたけど、そういや三橋らの店にだってサイトはあるんだし、必要不可欠なのかも知んねぇ。
全国大会だっつー割に、案外あっさりと表彰式は終わって、ステージから選手が退場する。
やっぱルーキーの大会は、プロの前哨戦って感じなんだろうか。
『午後3時からはプロの大会になります。チケットは別になりますのでご注意ください。皆様、本日はルーキーズフレアにご来場、ありがとうございました!』
司会者の挨拶、客席からの歓声と拍手。同時に客席に明かりが点けられ、一気に会場にざわめきが満ちる。
プロはチケットが別なのか。じゃあ、ここにずっと居座るっつーのもダメだよな。
三橋はまだ多分控室で、落ち着くどころじゃねーだろう。周りの観客はっつーと、わいわい騒ぎながらカクテルカウンターの方に集まってんのが多いみてーだ。
こっからじゃ誰が何を注文してるかなんか分かんねーけど、やっぱ入賞者のオリジナルカクテルを頼むヤツが多いんだろうか?
こういう時のために、1杯無料券を使わずに置いてたヤツもいんのかな?
三橋以外は基本的に興味ねーけど、さすがに「カクテル賞」を取った酒はちょっと気になる。すでにすげー行列ができてっけど、三橋を待つ以外にすることねーし。オレも並ぶか。
つーか、カクテル作ってるバーテンダーの人数が、客に対して少な過ぎんだろ。
そう思った時――舞台横にあったドアが開いて、バーテンダーの格好したヤツらが向こうからゾロゾロやって来た。
あ、と思ったのは、その中に三橋がいたからだ。
出てきたバーテンダーたちは、そのまま真っ直ぐカクテルカウンターの後ろに入り、それぞれ注文を受け始めてる。
途端にざわめきが大きくなる会場。
人数が多くてごちゃついてるせいで、派手なパフォーマンスは一切ねーけど、どんどんカクテルが作られ、列がバラけてく。
三橋の前にも、当然だけど列ができた。
注文を聞いてる顔はビビってるのに、カクテルを作る様子は手際いい。
銀カップを大小使ってシェイカーにしてんのもいつも通りで、言葉少ないのもいつも通り。酒と目の前の客しか見えてなくて、周りに目がいってねーのもいつも通りだった。
「RENのオリジナル」
注文しながらニヤッと笑うと、三橋はまた目と口とをぱかんと開いて、それから「へおっ!?」と訳のワカンネー奇声を上げた。
それでもカップを落としたりしなかったのは、さすがプロっつーとこだろうか。
「ほら、早く」
「ごっ、ごひゃくえんっ、です」
思いっ切り動揺しながら返事をし、ギクシャクと銀カップを掴む三橋。
準優勝をねぎらいたかったけど、これ以上動揺させんのも後ろの客にワリーし。「後でな」って告げながらカクテルを受け取る。
三橋はそれに返事もできてなかったけど、オレが退いた後にはすぐに次の客が注文始めてて、それどころじゃなさそうだった。
邪魔になんねーよう、離れたトコに行ってプラカップに入れられた「爽春」を飲む。
オレのために三橋が作ってくれた、三橋オリジナルの三橋のカクテル。
カウンターの向こうの三橋をちらっと見ると、アイツは相変わらずあわあわと落ち着きなく酒を作ってて。それを眺めながら飲む「爽春」は、さっきよりも刺激が強く、さっきよりも甘かった。
(続く)
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