小説 3
ルーキーズフレア・4
拍手と共に三橋がステージから去った後、手早く舞台上が整えられる。
クリップボードを持ってうろついてるスーツの男が何人かいるけど、あれは審査員なんだろうか?
三橋のパフォーマンスは、これまでで最高だったってオレには見えたけど。プロの評価は、どんな感じになんのかな?
感動の余韻に浸る間もなく、次の選手が舞台上に現われ、また司会者の紹介が始まる。
鳴り響く軽快な音楽、宙を舞うリキュールビンや銀カップ。
三橋のプレイと似たような感じだけど、やっぱどこか大人しい。失敗要素を排除して固く点取って行こうっつーのは分かんねーでもねぇけど、見てて面白みに欠けた。
コンテストだし、優劣を競う場なんだから、面白みがどうとかは二の次なんだろうか? 採点基準にEntertainmentでも加われば、多少は違ってくんのかな?
ぼうっと眺めてる間に5分間の演技は終わり、司会者の『終了ーっ』っつー声がマイク越しに響く。
拍手と共に選手が去り、カウンターのセッティングが終わってから、また次の選手が現われる。
さっきと同様、5人の演技が終わったところで、再び客席に明かりが灯り、10分間の休憩になった。
はあー、と息を吐いて立ち上がり、一旦狭い会場から出る。
薄暗い場内から一転して明るい廊下に出ると、同時にケータイに着信があった。見ると、予想通り三橋からのメールで、ふっと口元が緩む。
――出番、済んだ――
分かってるっつの。そう思いつつ、「お疲れ」と短い返事を送る。
――阿部君がいるみたいな気がして、頑張れた――
そんなメールにドキッとしつつ、ちょっと嬉しい。目が合ったような気はしなかったし、客席は暗ぇし、多分バレてはいねーと思うけど。……野生の勘か?
――審査終わるの何時?――
そう訊くと、「1時過ぎくらい」ってメールが返る。
時計を見りゃいつの間にか11時半近くになってて、座りっぱなしも疲れるなと思った。
後5人もあんのか。そう思うと、正直しんどい。10分の休憩も確かに必要だ。
廊下の壁にもたれ、メールのやり取りしてるだけで10分間の休憩は終わり、再びみんながゾロゾロと客席に戻ってく。
三橋以外の選手にはあんま興味なかったけど、だからって退場するって訳にもいかねぇ。
……カクテル、取って来りゃよかったな。
そんなことを考えながら元の席にドカッと座ると、すぐに場内の明かりが消え、舞台上にはまた次の選手が出張ってた。
最後の5人の演技が終わった後、また10分の休憩になる。その後はいよいよ審査発表らしくて、やっとかと思った。思ったより長い。
今度は忘れずにドリンク無料チケットを使い、ドリンクカウンターの列に並ぶ。
カウンター横にさり気なくメニューの案内板が出されてて、それで初めて「桃春夢」っつー名前の国産リキュールをテーマにした大会だと気付いた。
国内の中堅メーカーのオリジナルリキュールらしい。「桃春夢」っつーから、やっぱ桃系の甘めのリキュールなんだろうか?
これが三橋の店なら――オレの好みに合うように、甘さ控えめかつスッキリ目で飲みやすいのを作ってくれるんだろうけど。
でもここには三橋はいねーし、客の好みを聞いてくれるバーテンダーもいねーし。諦めて、メニューの中から選ぶしかねぇようだった。
メニュー版の右半分には、ソルティドッグとかマティーニとかキールとか、定番のカクテルの名前が並んでる。「桃春夢」のロックとかソーダ割りなんかもある。
左半分は、出場者のオリジナルカクテルみてーだ。
「REN」の名前は上から6番目に並んでるけど、出場順になってんのかな? 他の選手の名前もろくに聞いてなかったから、よく分かんねぇ。
ただ、三橋のオリジナルカクテルが飲めそうで、そんだけ分かれば十分だった。
アイツは結構甘党だし、よくフローズン味見してはにへっと笑ってたりもするから、多分これも甘ぇんだろう。
でも同じ甘口でも、他のヤツのカクテルには興味ねーし。
「RENのオリジナル、『爽春』」
カウンターの受付でチケットを差し出して注文すると、中にいたバーテンダーは1つうなずき、手早くカクテルを作りだした。
合間にフレアを挟まねーから、やけにあっさりと目の前でカクテルが出来上がる。
グラスじゃなくて使い捨てのプラカップだったけど、渡されたカクテルは十分冷たい。
席に戻って一口飲むと、はじけるような強い炭酸が舌を刺して、後口はほんのり甘かった。
――ああ、三橋のカクテルだ。
作ったヤツは他人だし、フレアも何もねぇ手早い作り方だったけど、その奥に三橋の存在を感じて、ドキドキした。
偶然だと思うけど、すげーオレ好みの味で、さすがだなって嬉しくなる。
温くて甘ったるいだけが春じゃねーんだって、そういうとこもオレにピッタリで、プラカップなのに美味ぇ。
他の選手がどんなすげぇカクテル作ってるか、そんなのは関係ねぇ。
やっぱ、オレには三橋が1番だと思った。
「美味ぇよ」って、早く言ってやりてぇ。
このコンテストのこと、口止めまでして教えて貰えなかったのにはムカついたけど、そんなのどうでもいいやって一瞬思う。
いや、勿論一瞬だけだし、お仕置きは確定だけど。
ムカつくばっかじゃなくて、こんな嬉しくまでさせられたし、やっぱ来てよかったと思った。
(続く)
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