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小説 3
ルーキーズフレア・3
 数人見学して思ったのは、ホントに楽しもうと思ったらある程度の知識が要りそうだってことだ。
『おおっと、スリーアイテム!』
 とか。
『さあ、ワンボトルスリーティン!』
 とか。
 パフォーマンスの合間に聞こえる『ナイス!』『惜しい!』とかも、見慣れてねぇと成功か失敗かパッと見分かんねーんじゃねーかと思う。
 三橋も叶もそうだけど、失敗したって知らんぷりしてるし、大袈裟に嘆かれると演技かなって気もする。
 放ったリキュールビンを手の甲に着地させんのと、手首に着地させんのと……どっちが難易度高ぇんだっけ? そういう技術的なことも分かんねーから、どいつが巧いかも分かんなかった。

 三味線のジャカジャカ賑やかな和風ロック、音楽番組で聴くようなポップス、アップテンポのクラッシックアレンジ……。使われる音楽も様々で、パフォーマンスも様々だ。
 司会者が煽る度、前の方の席から歓声と応援と拍手が飛ぶ。
 カップを連続で落としたり、酒やら何やらをこぼしたり、小さなミスはそれぞれあるけど、平気な顔で笑みを浮かべてフレアを続けんのはスゲェ。
 三橋もできんのかな?
 失敗しねーでやれるだろうか? つーか、失敗の後で立て直しできんのかな?
 叶と2人でタンデムショーやってるときは、互いが互いのミスを補いあってんの分かるから安心感あるけど、コンテストにそれはねぇ。
 オレが支えてやる……って言いてぇとこだけど、何のサポートもできねーし。ただ、三橋の順番を待って、ライトで照らされた舞台上をじっと見つめるだけだった。

 間に休憩が10分入って、真っ暗だった客席に申し訳程度の明かりが点いた。
 一気に会場がざわめいて、座ってた連中がぽつぽつと立ち上がる。舞台脇のカクテルブースにチケット交換に行くヤツもいるし、トイレに行くヤツもいるようだ。
 トイレには別に行きたくねーけど、どーすっかな?
 あっという間に列ができてるカクテルブースを眺めながら、そこに加わるかちょっと悩む。
 メニュー見るだけでもして来るか?
 そう思って腰を上げようとした時――ポケットの中でケータイが震えた。
――今、どこ? 何してる?――
 三橋からの短いメールを受け取って、ドキッと心臓が跳ねる。
――オレは久々の休日満喫中。お前は? もう終わったのか?――
 白々しい文章を打ち込んで送信すると、すぐにまたメールが返って来た。レスポンスが早ぇのは、近くにいるからだろうか?
 ……今、控室でこれ、書いてんのかな?

――次、オレの番――
 そんな宣言に「頑張れ」と返し、ふっと口元を緩める。
 三橋からの返事はもうなくて、気合入ったんだろうって、顔を見なくても何か分かった。
 やがて10分の休憩も終わり、みんなが元の席に戻って来る。同時に客席が暗くなり、舞台上の明るさが際立った。
 なんか、いつものあの店みてーだなと思う。いろんな色のビンが並んでて、キラキラなバーカウンター。
 この会場のカウンターには必要な分のボトルしかねーし、銀カップもデカいサイズのばっかだし、後ろにいっぱいの酒ビンも並んでねーけど……三橋が立つと、ああ始まるってドキッとした。
『REN』
 司会者に名前を呼ばれ、にへっと笑いながら客席に手を振る三橋。
 いつものように軽くグラスを弄びながら、3つのグラスに氷を1個ずつ入れていく。

 音楽は、いつも店で鳴ってんのと似た感じのユーロビート。左手で軽やかにカクテルのビンを放り、右手でそれを受けながら、左手でもう1本上に放る。
 2つのビンを巧みにくるくる回しながら、銀カップでキャッチする。
 パフォーマンスを続けながら、さりげにカクテルを作って行くのは相変わらず手際いい。
 銀カップに注いで、またボトルをくるっと回して手首で受け、もう片方の手でもう1本回し投げながら銀カップにひと垂らし。回し投げたビンを後ろ手で受け止め、右手から肩を通して左手に。
『これは難易度高いですね!』
 司会者の実況に、客席から歓声が湧く。
『ツーボトル、とてもスムーズだ!』
『ここは見せ場ですよ! ナイス!』
 マイクから響く声に時々ドキッとさせられながら、カウンターの向こうの三橋に魅了される。

 ミスがあったかなかったかも分かんねぇ、ひたすらスムーズで楽しげなパフォーマンス。フレアが好きで好きで、点数関係なく楽しいって、締りのねぇ笑みから伝わって来る。
 ヒジで銀カップをはじき、頭ではじき、リキュールビンではじいて、そのビンをくるっと放る。キャッチした銀カップで更にリキュールビンを受けて、笑顔で客席に拍手をねだる。
 司会者が技の名前らしきモノを叫んでたけど、もうよく分かんなかった。
 何度見てもすげー。
 上手下手の区別も判定もオレにはちっともできねーけど、三橋がすげーのは何となく分かった。
 やがてシェイカーを軽やかに振り、指先でいつもみてーにはじきながら、グラスの氷をさり気に捨てる。
 派手な動きで気を逸らしながらの、もう一方での地味な作業は、いつもアイツが叶と2人でやってるプレイだ。
 器用で華やかなのは叶だけど、技術が上なのは多分三橋で――。
『10秒前!』
 司会者が声を上げるのと、三橋が3つのグラスに均等にカクテルを注ぎ終えたのは、ほとんど同時だった。

(続く)

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