[携帯モード] [URL送信]

小説 3
ルーキーズフレア・2
 新幹線で名古屋駅に着いた後、改めて三橋にメールした。
――ひとりで大丈夫か? 応援してるから、いつも通りにな――
 案内板に従って人の波に流れながら、地下鉄の駅に向かう。三橋からメールが返って来たのは、地下鉄への階段を下りてる時だった。
 素早く階段を駆け下り、通路の脇に身を寄せてケータイを取り出す。
 目の前を何人もが次々通り過ぎる狭い通路。オレのことなんて誰も見てねーと思うけど、「ありがとう、頑張る」って恋人のメールに、口元が緩むのは抑えきれなかった。
 楽しみだな、と思ってニヤッと笑う。
 三橋の一生懸命のパフォーマンスを客席から見んのも楽しみだし、オレを見た時のアイツのビックリ顔も楽しみだ。
 今夜予約したホテルで、じっくりお仕置きしてやんのも楽しみだった。

 地下鉄の乗り換えはちょっと手間取ったが、40分前には最寄駅に着いた。
 新幹線の中でも一応調べてたけど、念の為もっかい地図アプリを起動しながら、それを頼りに地上に出る。
 アパートが立ち並ぶ住宅街を抜け、しばらく歩くと商店街みてーな通りが見えた。メシ屋や服屋、雑貨店みてーな看板が並ぶ中、真新しい洒落たビルが目立ってる。
 ビルの前でたむろってるヤツはちらほらいるけど、誰がコンテストの客なのか、通りすがりの別の客なのか、判断つかねぇ。少なくともバーテンダーの格好してるヤツは1人もいなかった。
 本番前だし、選手はやっぱ控室かな? コンテスト前に顔を見せるつもりはなかったし、別にいーんだけど、ほんの少し残念だ。
 まだ開店前だってもあるせいか、案内板もなけりゃ受付らしき場所もねぇ。だから、ビル前でみんな待ってんのか?
 開場30分前って早過ぎる印象はねーけど、もうちょっと時間を潰した方がいいのかも知んねぇ。
 場所とエレベーターの場所だけをチェックして、再びビルの外に出る。路地を回り、しばらく歩くとなんだか古めかしいアーケード街もあって、東京とは雰囲気違ぇなって面白かった。

 シャッターの閉まってる店ばっかに見えんのは、時間的な関係なんだろうか?
 まあ、そりゃ10時前だしな。
 新人のコンテストからスタートらしーし、人数も多いと全部終わるまでは長ぇだろう。後にプロのコンテストが控えてると思うと、開店と同時にスタートってのは当然かも知んねぇ。
 人通りのまだ少ねぇアーケード街を抜け出して、1つ手前の路地に戻る。そこにはほんの小さな公園があって、真ん中に桜の木があった。
 朝だからか、それとも場所柄のせいか、公園には誰もいねぇ。花見客もいねぇ。オレだけしかいねぇ公園で、ひっそりと満開になってる桜が三橋みてーに思えてドキッとする。
 オレだけが知ってる訳じゃねーし、きっと他にファンとかもいるんだろうけど、独り占めしてぇって強く思った。

 しばらく桜を堪能した後、再び会場に戻ると、さすがに受付ができて客が並んでた。さっきとは違い、ざわざわと賑やかで、ホッとしながら当日チケットを購入する。
 チケットにはカクテルの1杯無料券がついてた。見ると、薄暗い会場内にカクテルブースみてーのがあって、そこで1杯作って貰えるみてーだ。
 三橋のオリジナルカクテルも選べんのかな? つーか、選手にはカクテル作って貰えねーんだろうか?
 三橋の姿は当たり前だけど見当たんなくて、物足りなく思いつつ、空いてる席にドカッと座る。
 前の方が予約席で、オレらみてーな当日席は、半分から後ろのようだ。
 でも、たまにはこれくらいの距離もイイ。いつもいつも間近で見てるショーだけど、キレイな軌跡を描いて放られるビンやグラス、その技術やタイミングの絶妙さを、遠くからじっくり堪能したかった。
 新人コンテストだから、客層も若い。きゃあきゃあと笑い声や話し声が聞こえて賑やかだ。
 けどそれも、ステージ上に司会者が現われてから静まった。

『ご来場の皆様、お待たせ致しました! 第21回ルーキーズフレアコンテスト、ただ今よりスタートです!』
 マイク越しの司会と共に、「わあっ」と湧き起こる歓声。ステージの上にはいつの間にか1番手の選手が出てて、バーテンダーの格好でスタンバイしてる。
『1番手は福岡の……』
 司会者の紹介と共に始まる、聞き覚えのあるラテン調音楽。前奏の後、選手は銀カップを軽く上に放って……パフォーマンスが始まった。

 1つだけ調べ切れなくて残念だったのが、三橋の出る順番だ。
 三橋に訊きゃ分かったのかも知んねーけど、「なんで?」って不思議がられても困るし。けど公式HP見ても載ってなくて、調べようがなかった。
 ただ、参加者の名前は事前に分かった。本名じゃなくてフレアネームで書かれるみてーで、「三橋」っつーのは誰もいねぇ。「REN」って書かれてんのが、アイツなんだろうか?
 どうやら全国規模の大会みてーで、選手のレベルは全体的に多分高い。けど、どんなに巧いパフォーマンスも三橋程には魅了されねぇ。
 恋人のヒイキ目っつーより、これは多分、好みの問題も大きいんだろう。
 ラテン音楽と司会の実況を聴きながら、舞台上のパフォーマンスをぼうっと眺める。
 カクテルビンを同時に3本操りながら、3杯分のカクテルを一度に作ってるけど、時々びゅっと酒が飛び散るのが目立ってて――素人ながらにちょっとな、と思った。

 コンテストの点数評価は、Difficulty、Originality、Smoothness、Expression、それと演技中に作ったオリジナルカクテルの、5部門別につけられるらしい。
 叶に貰ったパンフレットによると、出場選手は全部で15人。
 さっき紹介された選手がリストの1番上にはいねーから、多分順番通りじゃねーんだろう。
 こういう他の選手のパフォーマンスも、三橋なら「勉強、だ」っつって熱心に見学するんだろうか?
 けど、オレは結局三橋のプレイにしか惹かれねーみてーで……。
『10秒前! 3、2、1、終了! 盛大に拍手をお願いします!』
 そんな司会者の声を合図に、気のねぇ拍手をパンパンと贈った。

(続く)

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!